第11章 自己紹介回
武志は、テーブルの真ん中にカップを置いた。
それが合図だった。
誰の合図でもなかったが、全員そう受け取った。
武志は、山田を見た。
「あんたから。」
山田は、軽く咳払いをした。
「講道館、広報・対外対応課、課長補佐の、山田浩です。」
武志は、うなずいた。
「長いな、肩書き。」
「……はい。」
「役職、下から三番目くらいか?」
山田は、少し目を見開いた。
「……上から三番目、です。」
「じゃあ偉いんか。」
「……そうでもないです。」
「どっちや。」
山田は、少し言葉を探した。
「制度上は、偉いです。」
「じゃあ偉いやん。」
「制度上は、です。」
武志は、うなずいた。
「ほな偉いってことやな。ええわ。」
山田は、諦めた。
本日、二つ目の諦めだった。
武志は、森を見た。
「次。」
森は、制服を少し正した。
「渋谷署、地域課、巡査の森大輔です。」
「なんで非番に制服や。」
「予備が、あります。」
「予備ある警察官、多いんか?」
「……個人差です。」
「何着あるんや。」
「三着です。」
店全体が、一瞬、沈黙した。
山田は、コーヒーをすすった。
健二は、唾を飲んだ。
花は、メニューに戻りたくなった。
武志は、しばらく森を見た。
それから、こう言った。
「ええ話や、それ。」
森は、少し、頬が赤くなった。
武志は、健二を見た。
「次。」
健二は、少し背筋を伸ばした。
「松田健二です。カメラマン……だと思います。」
「思います、って何や。」
「……最近は、そうなってきてます。」
「誰に雇われとるんや。」
「……たぶん、あなたにです。」
「俺、雇った?」
「一万五千円、三日間、払ってくれました。」
武志は、少し考えた。
「忘れとった。」
「はい。」
「続ける?」
「はい。」
「金、もう一回、いる?」
「……毎月、もらえると助かります。」
武志は、頷いた。
「考えとくわ。」
健二は、深く、頭を下げた。
本日、彼の中で、重要な労働契約が、口頭で、成立した可能性が
あった。
書面化は、たぶん、一生、されなかった。
武志は、花を見た。
花は、息を止めた。
「次。」
花は、口を開いた。
開いてから、何を言うか、まだ決まっていないことに気づいた。
真実を言うべきか。
偽装を続けるべきか。
観察ノートを燃やすべきか。
逃げるべきか。
四つの選択肢が、同時に、彼女の脳内で、争った。
勝ったのは、真実だった。
勝った理由は、ノートパソコンの中の「自分に気づいていない」と
書いた自分自身への、静かな敗北宣言だった。
花は、小さく、こう言った。
「……霧島花と、申します。」
武志は、うなずいた。
「何しとる人や?」
「……スポーツ科学を、やっています。」
「何を調べとるん?」
彼女は、数秒、迷った。
迷った末に、こう言った。
「……人がどう動くか、です。」
武志は、しばらく彼女を見た。
それから、小さく、こう言った。
「ええ仕事やな。」
花は、思わず、うなずいてしまった。
うなずいてから、うなずいた自分に、静かに、深く、絶望した。
武志は、マスターを見た。
カウンターの奥から、マスターが、静かに、首を振った。
「私は、いいです。」
武志は、うなずいた。
「ほな、俺やな。」
全員が、武志を見た。
武志は、一呼吸置いた。
そして、こう言った。
「黒金武志。」
「柔道歴、十年。」
「黒帯、試験、落ちた。」
「十段、三人、倒した。」
「ほんで、自分で決めた。」
「俺が、十一段や。」
沈黙。
「以上。」
武志は、カップを持った。
一口、飲んだ。
「……今日のは、やっぱ、まあまあやな。」
マスターが、カウンターの奥から、また、静かな声で言った。
「ありがとうございます。」




