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第12話 乙女心は段取り通りにいかない



 旧王都の廃墟で、セドリック王子が「禁忌の黒い箱」を開いたという報せ。

 普通なら、伝説の魔王が復活するか、国が滅ぶ呪いが振りまかれる場面だ。管理AIユニット・エギスを味方につけた私の元には、その「箱」の正体に関する詳細なログが即座に表示されていた。


「解析完了。……これ、禁忌の魔道具でもなんでもありませんね。ただの『古代都市用・高負荷魔力放流バルブ』です。蓄積した魔力ゴミを強制排出し、システムを初期化するための、いわば巨大な非常用トイレのレバーですよ」


 私の説明に、剣を抜いて構えていたユリウス様と、魔法をチャージしていたレオン王子が、揃ってズコーッと椅子から転げ落ちそうになった。


「ト、トイレ……? リシア、あれは旧王都を飲み込もうとしている不吉な光ではないのか?」


「溜まりに溜まった『淀み』を一気に流そうとしているだけです。放っておくと、旧王都は文字通り魔力の汚水で埋まりますね。……はぁ、本当にあの王子は余計なタスクばかり増やしてくれます」


 私は、新たに手に入れた管理者の紋章を叩き、エギスに指示を出した。


「エギス、旧王都の全座標をロック。逆流防止プログラムを展開。排出口を旧王都のゴミ集積場へ強制転送して。ついでに、セドリック殿下の頭上にだけ『洗浄魔法』を三時間分、最大出力で予約しておいてください」


『承認しました。……作業完了。所要時間はコンマ四秒です』


 窓の外、遠くの空で紫色の不吉な光が一瞬輝き、そして何事もなかったかのように霧散した。

 おそらく今頃、旧王都ではセドリック殿下が「何が起きたぁぁぁ!」と叫びながら、高圧の聖水でこれまでの人生の汚れごと洗い流されているはずだ。


「……終わりましたね。さて、次のタスクは」


 私が新しい書類を手に取ろうとした、その時。

 視界がふっと、暗転した。


「リシア殿!?」

「リシア!」


 二人の叫び声が、遠ざかっていく。

 ああ、いけません。今日はまだ、帝国の関税修正案と、カナン領の街路樹の植樹計画の確認が終わっていないのに。……私の段取りが、意識の消失というイレギュラーによって、乱れていく。


---


 目が覚めたとき、そこは私自身の寝室だった。

 窓の外はすでに夜。枕元には、なぜか火花を散らして睨み合う二人の男がいた。


「リシア殿が目を覚まされたぞ! 退け、レオン! 私が持ってきた『騎士団特製・滋養強壮薬草粥』を召し上がっていただくんだ!」


「断る。そんな野蛮な食べ物ではなく、我が帝国の至宝『黄金のツバメの巣スープ』こそが、疲労困憊の彼女には相応しい」


「彼女を過労に追い込んだのは、貴公ら帝国の面倒な事務処理だろう!」


「それを言うなら、貴君の騎士団の予算申請が不備だらけだから、彼女が修正する羽目になったのではないか!」


 喧嘩はやめてください、頭に響きます。

 私は重い身体を起こし、ベッドサイドに置かれたハーブティーを一口飲んだ。


「……二人とも、静かにしてください。私はただ、宮殿AIと同期する際に脳の処理速度を上げすぎて、少しだけオーバーヒートしただけですから」


「リシア殿、貴女は頑張りすぎです。……三日間、一分も眠っていないことを、私が気づかないとでもお思いか?」


 ユリウス様が、珍しく厳しい表情で私の手を握った。その手は熱く、震えている。


「貴女がいなくなれば、この宮殿が飛ぼうが、世界が救われようが、私には何の意味もありません。……頼む、少しは自分を労ってください」


「こればかりはユリウスの言う通りだ。……リシア。君は『大陸の心臓』かもしれないが、その前に一人の女性だ。……私は、君が笑って書類を叩きつけてくる姿が好きだが、倒れる姿は見たくない」


 レオン王子も、いつもの不敵な笑みを消し、真剣な瞳で私を見つめている。

 最強の騎士と、大陸最強の王子の二人から、同時に熱烈な看病(と喧嘩)を受ける。

 これ、なろう小説なら乙女ゲーム的なイベント発生で、ヒロインが赤面して「どっちを選べばいいの?」となる場面だろう。


 だが、私の脳内にある「恋愛担当部署」は、既に事務処理部署に吸収合併されていた。


「……お二人の気持ちは、大変効率的に伝わりました」


「「効率的……?」」


「はい。ユリウス様の献身は、組織における『忠誠心の最大化』と『メンタルケアの最適化』に繋がります。レオン王子の提案は、帝国との『外交関係の強化』と『高級資源の供給ルート確保』として極めて有益です。……よって、お二人の好意は、私のタスクリストの『最優先事項』に格上げします」


 私はベッドから這い出し、二人の間に立ち、それぞれの肩に手を置いた。


「なので、今すぐそのお粥とスープを混ぜて、私に食べさせてください。……あと、その間に、今日の未処理案件の読み上げを。咀嚼しながら判断しますので」


「リシア殿……貴女という人は……」


 ユリウス様が額を押さえて絶望し、レオン王子が「ここまでくると清々しいな」と大笑いし始めた。


 結局、私は二人に交代でお粥を食べさせてもらいながら、夜通しで行政報告を聞くという、世界で一番甘くて、世界で一番ブラックな夜を過ごした。

 二人の温かさは心地よくて、胸の奥が少しだけムズムズしたけれど、私はそれを「室温管理の不備」として処理することにした。


 朝になり、すっかり元気になった私が宮殿のテラスへ出ると、ミレーヌが真っ青な顔で待っていた。


「リシア様、起きて大丈夫なんですの!? ……あ、でも、ちょうどよかったです。カナン領の港に、奇妙な『黒い粉』が詰まった樽が大量に流れ着きまして……」


「黒い粉?」


「はい。……触れた植物が一瞬で枯れ、吸い込んだ家畜が倒れています。これは……事故ではなく、意図的な『散布』ですわ」


 私は、レオン王子から贈られた高価なストールを直し、冷徹な「管理者の目」に戻った。


「バイオテロ、ですか。……不合理にも程がありますね。不潔なウイルスは、私の段取りで根絶するしかありません」


 恋愛のトキメキは、とりあえず「保留」のフォルダへ。

 事務官リシアの、新たな「お掃除」が始まった。


次回、カナン領に届いた「黒い粉」――本当にバイオテロなのか?

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