第11話 王宮の地下に眠る秘密の心臓
サフィア帝国の第三皇子レオンと、近衛騎士団副団長ユリウス。
二人の「最強」による護衛権を懸けた決闘が始まろうとした、その時だった。
ズズズ……ッ!
宮殿のバルコニーの石畳から、地鳴りのような重低音が響き渡った。
地震ではない。この巨大な建築物そのものが、まるで深い眠りから覚めた生き物のように、心地よい――あるいは不気味な「産声」を上げたのだ。
「なんだ、この振動は!? レオン、貴様の仕掛けか!」
「まさか。我が帝国の魔法でも、この規模の構造物をこれほど精密に共鳴させることはできない。……リシア、これは一体?」
二人が険しい顔で剣を引き、私の元へ駆け寄る。
私は手元の魔法端末を見つめていた。画面には、これまで見たこともない真っ赤なポップアップが高速で点滅している。
『――警告。第一管理レベル、システム・コアへのアクセスを検知。……未踏区域「セクター零」の封印が解除されました。……真の管理者の来臨を要請します』
「未踏区域? そんな場所、旧王国の公文書館の図面には載っていませんでしたが」
私が呟いた直後、応接室の正面にある巨大な壁が、音もなく左右にスライドした。
そこにあったのは、下へと続く長い螺旋階段。壁面は青白いクリスタルで覆われ、未来的な光を放っている。
「……面白い。どうやらこの宮殿、ただの『飛ぶ城』ではなさそうですね」
私は迷わず、その階段へ一歩踏み出した。
「待ってください、リシア殿! 何が潜んでいるかわかりません、私が先頭を!」
「いや、ユリウス。魔導的な防衛網があるなら、帝国の魔導工学に精通した私が行くべきだ」
二人が相変わらず競り合いながら私の前へ出ようとするが、私はそれを手で制した。
「いえ、私の端末に『招待状』が届いていますから。……それに、掃除が行き届いていない場所を放置するのは、私の段取りが許しません。参りましょう」
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地下深く、数分歩いた先で私たちは広大な空間に辿り着いた。
そこは、王宮の最下層。
部屋の中央には、脈動する巨大な心臓のような「魔力炉」が鎮座していた。周囲を巡るのは無数の光ファイバーのような魔導回路。
そして、その中央に、一人の少女の幻影が浮遊していた。
『――生体反応を確認。認証を開始します』
無機質な、しかしどこか懐かしい声。
その少女――古代の管理AIが、じっと私を見つめた。
『問い。……貴女は、この混沌とした世界をどのように統治しますか? 武力か、法か、あるいは信仰か』
その問いに、ユリウス様とレオン王子が息を呑んだ。
これは、王としての「器」を問う試練だ。二人はそれぞれ、自分ならどう答えるかを考え、口を開こうとした。
だが、私はその問いが終わる前に、呆れたように溜息をついた。
「統治? そんな大層なこと、興味ありません」
『…………?』
AIの瞳が、僅かに揺れた。
「世界を管理するために必要なのは、武力でも法でもありません。……それは、『完璧なタスク管理』と『ヒューマンエラーを想定した予備のバッファ』です」
『……詳細な説明を要求します』
「いいですか。戦争が起きるのは、資源配分の段取りが悪いからです。犯罪が起きるのは、生活基盤の事務処理が滞っているからです。信仰が必要なのは、明日がどうなるかという『スケジュール』が見えない不安から来るものです」
私はAIに近づき、その脈動する魔力炉を指差した。
「私がやりたいのは、この世界の『無駄な渋滞』をすべて解消すること。朝起きたら美味しいパンがあり、働いた分だけ正確に報酬が支払われ、眠る前に明日やるべきことが明確になっている。……そんな、当たり前で完璧なルーチンを全人類に提供することです。統治なんて面倒な言葉で、事務をサボらないでください」
沈黙が流れた。
レオン王子は目を丸くし、ユリウス様は「やはりこの方は……」と感銘を受けたように首を振っている。
AIは数秒間、凄まじい速度で演算を繰り返していたが、やがて、その表情がふわりと和らいだ。
『――回答、受理。……解析完了。……これまでの歴代国王たちの「神権政治」や「覇道」よりも、貴女の「ルーチン」の方が、生存率が九十二パーセント向上すると算出されました。……論理的です。極めて、合理的です』
少女の幻影が、私の前で優雅に膝をついた。
『管理AI、ユニット・エギス。……これより、この宮殿の全権限をリシア様に譲渡します。……お帰りなさいませ、真の管理者様』
その瞬間、私の手首に、光り輝く複雑な紋章が浮かび上がった。
それと同時に、宮殿中のライトが眩い黄金色に輝き、地下に溜まっていた澱んだ魔力が、一気に清浄な風へと変わる。
「……リシア。君の腕のその紋章……。それは、失われた古代帝国の『管理者』の証……」
レオン王子が驚愕に目を見開く。
「管理者、ですか。……まあ、肩書きは何でもいいです。それよりAIさん、この制御パネルのユーザーインターフェース、絶望的に使いにくいですね。まずはここのメニューを整理して、一括削除ボタンを追加するところから始めましょうか」
『承知しました。……UIの改善、タスクリストに追加します。リシア様、本日最初の指示をお願いします』
「とりあえず、そこで決闘しようとしている二人を、強制的にラウンジへ転送してお茶でも飲ませておいて下さい。……それから、私の部屋の掃除スケジュールの自動化を」
『即座に実行します』
一瞬で姿が消えたユリウス様とレオン王子。
私は、新たに手に入れた「世界最高峰の事務用ツール」となった王宮を眺め、満足げに微笑んだ。
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地上に戻ると、宮殿の様子は一変していた。
全自動で動き出した清掃ゴーレムたちが、石畳を一ミリの狂いもなく磨き上げ、街には宮殿から供給される清浄な魔力が満ち溢れている。
「リシア殿……。……まさか、王宮の地下に神代の遺産が眠っていたとは」
強制転送されたユリウス様が、ラウンジで呆然とお茶を啜っていた。
「これで、貴女は名実ともに『世界の中心』となりましたね。……護衛の責任も、さらに重くなりそうです」
「大袈裟ですよ。……でも、これでもう少しだけ、仕事の『段取り』が早くなりそうです。……あら、ミレーヌ? どうしました、そんなに慌てて」
ミレーヌが、通信端末を手に走り込んできた。
「リシア様! 大変です! 旧王都に残っていたセドリック殿下が、闇市場から手に入れた『黒い箱』を起動させたとの情報が入りました! ……その箱、解析の結果、古代の『呪われた魔道具』である可能性が極めて高いです!」
私は、ようやく片付いた地下のタスクリストを思い出し、溜息をついた。
「目立たないように大人しくしていればいいのに。……ユリウス様、レオン王子。お茶はそこまでです。……不備のある王子の後始末、これも私の『仕事』の範疇ですね」
リシアの手元で、管理者の紋章が静かに、しかし冷徹な光を放っていた。
次回、旧王都のセドリック王子、禁忌の力に手を出す。




