英雄はほくそ笑む
ディアリスの赤き英雄
ギルバート・アシュウォース・フォン・カーリング辺境伯様
はじめまして。
ソフィア・ブランチフィールドと申します。
あまりに偉大で高貴な御方からのお手紙でしたので、緊張のあまりお返事が遅くなりましたこと、どうぞご容赦くださいませ。
この度は身に余る光栄なお申し出、大変嬉しく思います。
ですが、私は幼少より身体に醜い傷を持つ身。光の道をお歩みになられる閣下の隣にはとても並び立てる姿ではございません。
また、それを理由に家族の優しさに甘え社交を疎かにしマナーやコネクション作りを学ばず、あまつさえデビュタントも避けてきた私では到底閣下の伴侶には相応しくないと存じます。
お手紙からも滲み出るご親切、お気遣い心より感謝いたします。
また、この国をその身を賭してお守りいただいたこと誠にありがとうございます。
これからも閣下にたくさんの幸せが訪れますように切に願っております。
追伸
兄にはもちろん内緒にいたします。
ご安心くださいませ。
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ギルバートがソフィア・ブランチフィールドに手紙を送ってから、返事が届いたのは実に2週間後の事だった。
その間に兄の方からは10を超える手紙が届いていたが最近は読んですらいない。
そもそも、手紙なんて数秒で読んですぐに処理をするか家令に丸投げるか、はたまた面倒なものは見ようとすらしないのがギルバートである。
一方、執務室の椅子に浅く腰掛けて丁寧で小さめの文字が踊るそれを既に3周は読み返していた。
ギルバートはあまり表情豊かな方ではない。
顔に傷を受けてからというものそれはさらに顕著で、傷が引き攣るせいか人々から恐ろしいものを見るような視線を向けられるからかめっきり笑顔が少なくなっている。
左目を失ったことで幅の広い布で左目を覆っているからなおのこと表情が読みづらいことも大きい。
そのギルバートが一通の手紙を少なくとも数分はジロジロと読み返し、あまつさえ唇のはしをあげ、同封されていた何やら小さい布だかブローチだかをクルクルといじっているなんて異常事態である。
「ギルバート様、いかがでしたか……?」
長年、カーリング家で家令を務めるエヴァンは、それはもうドキドキしていた。
なぜなら、ギルバートは今まで女、恋愛、結婚こと色恋沙汰には一切の興味がなく、寝ても覚めても剣、剣、剣、剣……アシュウォース家に産まれる男児はだいたいがそうだし、別に悪いことでは無いが、長兄レオポルドが亡くなってから状況は大きく変わってしまった。
なにしろ、この剣しか頭にないギルバートがどうにか跡継ぎを設けなければ歴史あるアシュウォース辺境伯家は終わりである。
そして悪いことに、英雄として帰還した当主は顔に大きな傷を負っていてそれが原因で女性から嫌煙されいているとか何とか……。
もちろんカーリング家のためが1番、そして、自分たちの家族生活のためにも、なんとしても存続していただかなければ!と使用人一同は燃えていた。
そんな時に、なぜだか突然言われたのだ。「ソフィア・ブランチフィールドに求婚する」と。
「うむ、悪くないな」
「な、なんですと!では……!」
にやつく主人を正直気味が悪いと思ったり思わなかったりしたが、エヴァンはとうとう飛び上がりそうだった。
神様仏様、まだ見ぬソフィア様!ありがとうございます!!!
これでカーリング家は……
「完全にフラれたな」
ははは、と小気味よく良い声で笑う主人の頭を叩いてやりたくなったのはこれまでで初めてだった。




