過去もあれだし未来もあれだし
「おーい、白豚ー! こっち来ないのか? 来れないよなあ、デブだから、お前がのったらボートが沈んじまうもんな!」
「お前ってほんっと暗いよな。俺が仲良くしてやってるの感謝しろよ」
「お前、リチャード兄上のことまさか好きなんじゃ無いよな、お前みたいな豚、リチャード兄上が相手にするわけねえだろ!鏡見た事あんのかよ!」
「白豚、お前デブなだけじゃくてブスになってんぞ。ちゃんと飯食ってんのかよブス白豚、俺の手を煩わせんな、いい加減にしろよ」
「おい、白豚……なんだそのみっともない服は。馬鹿じゃねーの、酷いツラの次は貧相な体しやがって……。ちょっと来い! 全く、俺が世話焼いてやらなくちゃまともに身だしなみも整えられないのな、お前は」
「……おい、白豚、もう恥ずかしいからお前俺の傍に寄るな。迷惑だ」
「…………やっぱり、無いわ。絶対に無いわ。アレンと結婚なんて、有り得ないわ」
昨夜は全く眠れなかった。
一晩中、アレンと昔の思い出を掘り起こしてみたがろくなものではなかった。
暇さえあれば私をからかい、意地の悪い笑みを浮かべ、強引に私を連れ回したかと思えば、突然突き放すような何を考えているのか分からない男が、私に、求婚? まさか、何かの間違いに違いない。
確かに、幼い頃の私はふくよかだった。外で遊ぶのも運動も得意でなく、家で刺繍を刺すばかりでおまけに甘いものは大好きだった。
太っていた私をお兄様は「可愛いシュガー」と呼び、カミラは「子豚ちゃん」と笑いアレンは「白豚」と嘲っていた。
何時だったか、アレンとは違い優しい彼の兄リチャード様への淡い恋心を本人の前でバラされ、幼い私は酷く落ち込み食欲が無くなり、みるみる痩せた。
痩せたら痩せたで「貧相な白豚」と呼ばれ、サイズの合わない服をバカにされ、無理やり街に連れ出された上「恥ずかしいから」とドレスを仕立てられたりもした。
それから暫くはアレンには騎士学校の友達が増え、「迷惑」と、私を突き放しだした。意地悪な幼なじみとはいえ友達と呼べる存在がアレン以外に居なかったものだから当時は相当落ち込んだものだ。
そして10歳の頃、当時から圧倒的な美しさであったカミラは自分に夢中になる男の子をからかうという遊びを覚え、多分それ絡みでアレンがからかわれて怒っていたのだと思うのだけれど、2人がなにか争っていてアレンがカミラから何かを取ろうとしたかなにかで、その拍子にカミラが体制を崩し、庭の植え込みに倒れ込みそうになった。
たまたま近くを通りかかった私は咄嗟にカミラを庇い、カミラを抱えたまま植え込みに突っ込み、運悪く木の枝が刺さり右肩から鎖骨にかけて傷を作ることになってしまった。
それは9年たった今でも15センチ程の裂傷として残っている。
正直、当時から引きこもりで陰気で友達もいなかった私の方で良かったと今でも思っているし、結婚もとっくの昔に諦めているから構わないのだけれど、アレンは酷く気にしているようだ。
痛みと衝撃でその後のことは朧気だが、あの時の、アレンの絶望したような青ざめた顔だけはずっと覚えている。
…………全く、変なところで義理堅いんだから。
気にしなくていいって、私も私の両親も、お兄様もずーーっとそう言っているのに。
「……そうよ、アレンは人気があるようだし、そんな結婚可哀想だわ」
……どうにかして無駄に頑固な幼なじみを説得しないと……。
昨日きっぱり断って、傷のことは忘れて欲しいと何度も言ったのに、「別に傷のせいで求婚した訳じゃない」とか下手くそな気遣いまでさせてしまった。
どうあっても責任をとる気でいるアレンを説得するのは骨が折れそうだ。
「いったいどうしたらいいのかしら……」
寝台から起き上がり、髪をとかしながらため息をつく。
一体お兄様に何を言われたのだろうか。アレンはあんなに態度が大きいけれどお兄様にはとても従順だから、きっとお兄様に何か言われたに違いない。
だとしたらお兄様と話す方が有意義なはず。
そうと決まれば、お忙しいお兄様には申し訳ないけれど手紙を認めて……。
天井を見上げてもう一度ため息をついた頃、慌ただしいノック音が聞こえて、「どうぞ」と返事をした。
きっとまたカミラが私のドレスを勝手に仕立て直してしまったのね。メイドのサーラがカンカンなのでしょう。
私と違って可愛すぎる妹は毎日毎日、茶会に舞踏会、園遊会にと引っ張りだこだから、ドレスが足りなくなるのも分かるわ。
それも、お兄様に合わせてお願いしておきましょう。
私にお金は必要ないからその代わりにカミラの衣服代を工面して欲しいと。私は刺繍雑貨の売上金も少しはあるのだし、そもそもドレスをきていく場所もないのだから。
「サーラ、私のドレスだったらどれでもいくらでも、カミラが欲しいものを持っていくように……」
「ソフィアお嬢様!」
「あら? パトリック? ど、どうしたの、そんなに急いで……」
サーラかと思って顔を向けると、飛び込んできたのは中年の家令であるパトリックで、私はあからさまに仰け反った。
パトリックは穏やかで、冷静な有能な家令で、間違ってもこんなに息を切らして、髪を乱して部屋に飛び込んでくるような男性ではない。
ぎょっとしていると彼は青白い顔でよろよろと何かを渡してきた。
「お嬢様、今朝、これが……」
「まあ、手紙? 私宛に? お兄様かしら?」
招待状に埋もれそうな妹とは違って、私には友達もいなければ婚約者もいないので、手紙が来るとすれば両親かお兄様くらいだ。
「…………それが」
プルプルと震えながら目を背けたパトリックに首を傾げ、裏の封蝋を見て、私はひっ、と息を詰まらせた。
赤赤と光る封蝋。
獅子と二本の剣の立派な家紋の下に、美しくも豪快な自信を感じさせる字で綴られた送り主の名前は……。
「ギルバート・アシュウォース・フォン・カーリング……?」
「……ディアリスの赤き英雄……、アシュウォース辺境伯閣下です……」




