↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/8

フラグはたたない



ミュード帝国との戦争が集結してから半年。同盟国であるサルヴァドからの援軍により盛り返した芸術の国ディアリスは、どうにか帝国の魔の手を退け、国は少しずつ元の姿へと戻ろうとしていた。



心臓を握りつぶされそうな恐怖にかられながら、一心不乱に祈り続けたソフィの元に、兄フィリクスが無事戻ってきたのがつい一月ほど前のこと。


前線で指揮を執る立場にいたフィリクスは、戦争の事後処理に追われ、帰るのが遅くなったと、少し日に焼けて痩せた、疲れきった顔でへにゃりと笑ってみせた。



貴族は貴族であるが故に、民を束ね領地を預かる栄誉を得ているが、同時に国に尽すことを義務付けられる宿命だ。

有事の際は当然、駆り出されてしかるべき。

しかし長らく平和を享受していた時勢でまさか戦争が起こるだなんてソフィは思いもしなかったし、恐らくこの国の民は大体がそうだっただろう。それほど、運良くこの国は平和であった。



この侵略戦争でミュードもディアリスもたくさんの人間が命を落とした。運良くソフィの家族や知人ら帰ってこられたが、そうでない人だって大勢いる。


フィリクスの無事は心から嬉しいが、そうでない人も大勢いると思うとソフィは胸の奥が重たくなるような気がして目を伏せた。



「おい、どうしたんだよ。陰気な面が更に

辛気臭くなってるぞ」



元々ソフィは部屋に篭もるのが苦にならない性格なのだが、ここ最近は少し違った。

気鬱気味な感情に呑まれそうで、肌寒い季節ではあるが趣味の刺繍をするのも庭のベンチの方が捗るのだ。


突然目の前が陰り、落ちてきた声にソフィは小さなため息を零してから顔を上げた。



癖のあるミルクティ色の髪にに空色の瞳。猫を思わせるツリ目がちなアーモンドアイを縁取るまつ毛はソフィよりも長いかもしれない。

今日も今日とて黒地に銀の縁どりがされた騎士服を身にまとい、自信たっぷりに笑みを浮かべたアレン・エルドリッジはソフィの幼なじみだった。



「……アレン。いつの間にいたの」


「ついさっきだ。珍しくお前が庭にいるから遂に自分の家で迷ったんじゃないかと思って来てやったんだよ」


「そんなわけないじゃない。本当に失礼ね」



アレンは「そーかよ」と、意地悪そうに眉を上げてうっすらと笑った。


晴天と同じ色の瞳がきらりと光って、ソフィは半ばうんざりしながら、少しだけせつない気持ちになる。

何を隠そうアレンも先の戦争に参加していた一人なのだ。


アレンは幼なじみで、エルドリッジ侯爵家の三男であり、騎士だ。

当然戦争に参加していたし、しかもそれなりに活躍したらしく、20歳という若さで今は第二騎士団の副隊長という立場にいる。



ある日、アレンは「戦争に行くことになった」と少し硬い声でソフィに告げた。

慌ててアレンの瞳と同じ空色の布に戦女神ハルシュトの紋様、剣とナスタチウムを刺繍しお守りを作って、無理やり押し付けたが、それを刺繍している間考えていたことといえば「なんで、どうして」とか「きっとまた意地悪な冗談に決まっている」とか、そんなことばかりだった。


ついにはいつもの軽口も無く「待っていて欲しい」と謎のセリフを吐いたものだから、正直もうダメなのかと思った程だ。


ずっと昔からソフィをからかうのが趣味みたいな男が「待っていて欲しい」だなんて、あまりにも異常事態だ。

だいたい、待っていて欲しいなんて、まるで恋人が別れ際に言うセリフだ。


こんなに奇怪なことをソフィに向かって言ってしまうほど差し迫った状況なのだとしたら、この意地悪な幼なじみはもう戻ってこられないのではと彼女は大層不安に駆られた。


その末にうっかり涙を流してしまったことはソフィの一生の不覚だ。

なぜならこの意地悪な幼なじみに良いネタを提供してしまったことにほかならないから。


「泣き虫のソフィアはお部屋に帰れなくなって、まーた泣いちゃってるんじゃないかって折角俺が親切で駆けつけてやったのに」


ニヤニヤしながら頻繁にこういう事を言いに来るこの男は、もしかしなくても暇なのでは無いだろうか、とソフィは彼が心配にすらなる。

例えば騎士団で居場所がないとか、虐められているとか、仕事を貰えないとか……。


対してソフィは紛うことなく暇だ。何しろ妹カミラの付き添いで王都のタウンハウスに移ってきたとはいえ、カミラのようにせっせと社交に務めるでもなく、舞踏会に出かけるでなく、ご令嬢方とお茶会に勤しむでもなく、日がな一日屋敷で刺繍を刺しているだけである。


でもそんなソフィを毎日のようにからかいに来るこの男も相当なものではないか、とソフィは思うのだ。



よく知らないが騎士ってそんなに暇なのだろうか。やっぱりいじめられているの? それとも友達がいないのだろうか。……有り得る。なんたって人をからかうのが趣味の男だ。どうせ恋人もいないのだろう。私もいないけど……。


いつだって自信に溢れた幼なじみを少しだけ哀れんだソフィはしばらく考えて、口を開く。



「こんな無駄なことしている暇があるなら、さっさと婚約者の一人くらい作ったら?」


「そうしたいのは山々だけどな、俺はどっかの誰かさんを嫁に貰わないといけないからな」



またこれだ。


ほとんど毎日のようにソフィはこう助言をするが、その度にアレンは顔を顰め、心底不機嫌そうにこう返す。



「アレン……。本当に何度も言うけど本当の本当に気にしなくていいの。私の事は気にせず婚約者を作るなり恋人を作るなり……別に貴方のせいじゃないんだから」


「馬鹿言え。こっちこそ何度も何度も言ってるだろ。お前みたいな陰気で引きこもりで傷モノの女、俺が貰ってやらなきゃ誰が嫁にするんだよ」


呆れたように、面倒臭そうにそう言ったアレンにため息を着く。

どうしてアレンはこう、結婚がなによりも幸せ、みたいに言うのだろう。確かにうちの両親もアレンの両親も幸せそうだけれど、幸せの形は人それぞれだと思うのだけど。


実際、ソフィは結婚は難しいと思っていた。

幼い頃の事故で右肩から鎖骨にかけて醜い傷があるし、流行りのドレスは着れないし、というか襟ぐりの詰まった服以外は着れない。


長い間領地に引きこもりすぎて社交界にも疎い。なんならデビュタントすらしていない。


アレンは昔からずーーっとその事故に責任を感じて「嫁に貰う」と言って聞かないが、本当に気にしないで欲しい。確かにその場にアレンは居合わせたし、きっかけのひとつになったかもしれないがその実、別に誰が悪い訳でもない。

ただの偶然が重なった不幸な事故だったからだ。むしろ自業自得ですらある。



「あのね、だから私は結婚する気は無いの。ずっと伯爵家に居てもいいってお父様もお母様もお兄様も言ってくれているし、実家を出て領地で部屋を借りて一人で暮らすのも良いかなと思っているの。幸い刺繍は仕事に出来そうだし」


「お前みたいな世間知らずが一人で暮らせるわけないだろ。悪い男に騙されて悲惨な末路を辿る。ボロボロになって泣きついてくる未来が俺には分かる」


「俺には分かるって……」


占星術師でも占い師でもないのに、一体何がわかるんだか。

やたらと真剣な顔のアレンにぷっ、とついつい吹き出してしまったが、アレンはそれでも構わずに続けた。


「その点、俺ならどうだ? 確かに継ぐ爵位も持た無い、しがない三男だ。でも騎士団で地位を得たし稼ぎは悪くない。実家には遠く及ばないが、王都に家を買って、お前は家の中で変わらず刺繍を刺し続けていればいい。仕事がしたいなら俺が商会に話をつけてやるし、それに使用人を雇うからお前は掃除も洗濯も料理もしなくて済む」


「あら、私ずっと領地でこもりきりで暇だったから、一通り家のことは出来るわ。だから、一人でも」


「そ、そうか。じゃあ、アレだな。料理も任せられるのか、そっか。確かに昔お前が作ってたパイや焼き菓子は悪くなかったな。うん、尚良いじゃないか!」



一人でも生きていけると思うの、と言いかけたが、それは何故か興奮気味のアレンに遮られた。早口になっているし、心做しか目元と頬が赤い気がする。夕日のせいだろうか? いや、でも、……。


「……まあ、でも、あのお兄様が許してくださるかどうか……」


「そうだな。お前の両親は快諾してくれてるのにフィリクスさんと……後はお前の妹……」



あれ? 私が一人で暮らすことお父様とお母様に言ったことあったかしら? 快諾してくれてる? そうなの? お兄様はもちろんのこと両親にも絶対に反対されると思って対策を練っていた所だったのに。

そしてなぜ妹(カミラ)の名が出てくるのやら。


ソフィは首を傾げたがアレンは興奮した様子のままで、真剣な顔でなにやら考え事をする彼にはすでにソフィの事は目に入っていないようだった。



何か噛み合っていない気がする。



一瞬そう思ったが気にしないことにした。なぜなら面倒なことになりそうだからだ。













評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。