それを人はフラグという
こんばんは、お久しぶりです!色々あってしばらく離れていましたが、新連載から活動再開しようと思ってます。応援してくださったらとても嬉しいです。よろしくお願いします。
「フィリクス。俺、この戦争が終わったら結婚しようと思うんだ」
婚約者を作らず、どんな美姫からの誘いにも涼し気な顔を崩さず、あまたの令嬢を尽く振ってきた友人兼、上官の言葉にフィリクス・ブランチフィールドは常時携えたままの笑顔を一瞬だけ消した。
いつも頭の中は身体を鍛え剣技を磨く事でいっぱいだったはずの男の言葉に、言い知れぬ不穏を感じつつ眉を寄せる。
「……なに突然。お前死ぬのか」
「死んでたまるか。先の戦いで兄が死んで2ヶ月。母は相当に参っているらしい。だから、結婚でもして安心させてやりたいんだ」
「ふうん、あのカテリーナ嬢すら袖にしたお前がそんなことを言うなんて。明日は槍でも降るかな」
カテリーナ・ロンティス公爵令嬢はその由緒正しく高貴な血もさることながら、類まれなる美貌で社交界を騒がせている人物だ。
まあ、性格まで完璧だとは言いがたいが、そんな人物まで振ってしまった友人に当時は頭がおかしいのかと思いもした。
そもそも、もしフィリクスの立場であれば断ることなど許されないのだが。
「それならば是非ミュード軍の頭上にお願いしたいところだ」
「はは、違いないな」
珍しく軽口を叩くギルバートに、本当に長引く戦闘で頭がおかしくなったんじゃないかと心のうちで思いつつ、最愛の妹から泣きながら渡され たハンカチを握りしめた。
「まあ、真面目な話、君が結婚相手を探していると聞けば、国中の女性たちが列を為すさ。君の望みはすぐに叶うだろうね」
「そうだろうか。今まで兄が家を継ぐと思っていたから、婚約者も結婚も考えたことがなかった。恋愛の経験も大して無いし、女性の扱い方にも不慣れだが」
「大丈夫、大丈夫」
フィリクスは、ちらりと友人であり、今は上官でもあるギルバートを仰ぎみてヒラヒラと手を振った。
燃えるような赤髪、力強く男らしい切れ長の漆黒の瞳。誠実な性格が透けて見えるような精悍で整った顔立ち、恵まれた体格に均衡の取れた
筋肉、おまけにアシュウォース辺境伯夫人の座も付いてくるときた。
何を心配する必要があるというのか。
あえて言えばこの地獄のような戦場から生きて帰ること、その一点のみだ。
ミュード帝国の侵略を受けてもう三月になる。前線の砦で粘るフィリクス達は随分疲弊していた。
戦線は膠着し、兵の士気は見るからに落ちつつある。ここが持っているのはこのギルバート・カーリングの存在あってこそ。
騎士学校時代から類まれなる能力で他を圧倒してきたこの男はまさしく軍神のような男だが、それよりも更に強烈な強さを誇っていた兄、レオポルド・カーリングが二月前に亡くなった。
それは兵達に多大な絶望を与えてしまった。
フィリクスだって、あのかわいい妹たちの元に無事で帰れるか怪しいところだ。
フィリクスもギルバートも家の跡取りだって言うのに、どうしてくれるんだ、と怒りも湧いてくるがそれをぶつける先が見当たらない。フィリクス達は国に仕える貴族であり、国が無くなれば家だの跡取りだの言っている場合では無いのだから。
「……それは? 見事な刺繍だな」
「まあね。妹はとても器用でね。ああ、そうそう、そういえばアシュウォースの布がとても気に入りで、去年の誕生日にはモジモジしながら珍しくねだってきたっけ」
「そうか。妹は何歳だった? 二人いただろう」
「…………もしかして僕の妹を狙ってる? 」
「確か、末の妹とは結構歳が離れていたと記憶しているが」
「ちょっと、やめてよ。大事な妹をお前みたいな戦うことしか能がないような男に渡すと思うのか」
「さっきは大丈夫だと言っていただろう。……で、何歳だったっけ」
「大丈夫だから、他を当たれ! お前なら選り取りみどりだ。 それに妹はまだ15なんだ」
「それは末の妹だろう? 上の妹は? その刺繍はどっちが刺したんだ?」
「……ギル、本当になんかおかしいぞ。どこか悪いのか」
「いいから、その刺繍は上の妹が刺したんだな? お前がいつも自慢している手先の器用な方の妹が」
普段なら女にも刺繍にも全く興味のない友人の異様な饒舌っぷりに気持ちの悪さを感じつつ、しぶしぶ「そうだよ」と答えると、ギルバートはすかさず「で? 何歳だ」と尋ねてくる。
頼むから自分の身内で楽して見繕おうとしないでくれとげっそりしながらフィリクスはため息をついた。
「…もうじき、19になる」
「……ふむ、19か。丁度いいな。婚約者は?」
「……いない、いないが。……あのな、よく考えろよ? 19歳になっても一応は伯爵家の娘が婚約者すら居ないなんて訳アリだと考えないのか?」
「訳があるのか?」
特に気にした素振りもなく平坦と吐かれた言葉にもう一度ため息をついた。
「ある。ソフィアは、一日中、寝ても醒めても食事の時間すら忘れて家中のカーテンやシーツ中に刺繍を刺してしまうくらいの刺繍狂だ。それに陰気な性格でほとんど屋敷から出ないし、デビュタントすらしていない。社交界に疎いし、そんな生活のせいで19になった今も、子供のように人見知りをする。とてもアシュウォース辺境伯夫人になれる器ではない。そして何より幼少の頃の事故で肩に大きな傷がある。ドレスもろくに選べないし、デビュタントすらパスした身だ、舞踏会にもきっと出るのは難しいだろう。一生伯爵家で刺繍を刺す仕事をしながら暮らすか、修道院に入るかのどちらかだ」
だから、諦めろ。
とフィリクスはその黒の瞳をまっすぐ見て言ったが、男は分かったのか分かっていないのか、相変わらず感情の読みづらい無表情で「そうか」と呟いただけだった。




