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第9話 彼女についての考察

・ハルカ


僕はあれから定期的にハルカの位置を確認していた。

意味はないと思っている。完全に自分の不安を紛らわすだけだ。

スキルの残り回数は、もう2、3回ほどしか残っていなかった。


朝、窓の外にほんの一瞬光がみえた気がした。

おそらく何かの反射だろう。でもなにか予感めいたものがする。

とっさにハルカのステータスと位置情報を問う。


ハルカがいる場所が違う!

もうずっと研究街区から出ていなかったはずなのに。


位置情報は大まかなものだ。

だが、ステータスから学園方向へ移動中とわかる。

ハルカのことだ。まっすぐ学園に向かっているのだろう。


コートをつかみ、家を飛び出した。


外は真っ白い世界だった。白い世界に白い息を吐く。

吐息が密になったころ、真っ白な世界に小さい赤が見えた。


駆け出した先で赤が大きく揺れる。


「ハルカっ!」


その場に片手をついた彼女をそっとつつむ。

ゆっくり顔を上げた彼女には、安堵の表情がうかんでいた。


「あいしています」


僕は・・・


薄くなった彼女の瞳を


抱きしめることしかできなかった


  低い、静かな音。ハルカの音だ。


・・・


・はるかなおもい


ハルカを送り届けた先で、聞かされたのは「凍結」だった。

「今の私たちにはこれくらいしかできないので」


「ハルカの義体は壊れてしまったのでしょうか」

「義体そのものに問題はありません。壊れてはいません。ただ」

「ただ?」

「あなたといると、義体が制御を取りこぼすことがありました」

「それはどういう意味ですか」

「わかりません。今の時点でお伝えできることができません」

「僕が問題ということですか?」


少し声が荒くなる。

責められている訳ではないと、わかってはいる。


「いえ、そういう意味ではありません」

「岬さんの想いに、我々の技術は答えることができなかった」

「おそらくそういう結果なのだと思います」


技術的な問題?方向性の問題?設計思想の問題?

なにか思考がぐるぐるするが、何もわからない。


でもこれだけはわかる。

彼らは何かを知っている。

伝えられないのは、立場的なものもあるだろう。

僕は今、一介の生徒にすぎない。

でも、知っていてここまで来たはずだ。

超高精度な義体、彼女が初めて立証した緻密な制御。


画期的な技術は、想定できなかった問題を明らかにした。

おそらく・・・結果的に彼女を犠牲にして。


押し黙っていた担当者とは別に、責任者という女性が現れた。

彼女は「つらい想いをさせて、ごめんなさい」として続けた。


「岬ハルカさんは、私たちに大きな一歩をくれました」

「ただ・・・踏み出す方向を間違ったのかもしれません」


そう言った彼女は、口をかみしめるようだ。

やはり、そういうことか。

画期的な技術は、画期的ではなかったのかもしれない。

問題に気づく糸口が僕だった。おそらくそれだけだ。

でもだったら、どうして。


押し黙っていた彼女が口を開く。

「義体となったとき・・・」


彼女は何か意を決したように、告げる。

「すでに肉体はほとんど残っていなかったんです」


聞いてない!

そんなことがあってたまるか!


言葉を失うとは、まさにこのことだ。

絞り出すように訴える。


「あんたたちにとって、ハルカはなんだったんだ!!」


何も・・・

何もしらなかった。何もわかっていなかった。


怒り、憎しみ、嫌悪、様々な感情が渦巻く。

やり場のない怒りが雪を蹴ったとき、彼女の言葉を思い出す。


「あいしています」


最後に微笑みながら、彼女はそう伝えていた。

今思えば、どうしても届けたかった、そう見える。


下をむいたままの責任者と担当者に頭を下げた。

「ありがとうございました。ハルカをよろしくお願いします」


あの日。

彼女が泣いたあの日。


ブレスレットの細いチェーンが切れた、あの日。

ハルカはなぜ、あんなに泣いていたんだろうか。


ハルカのことがわからない。

ハルカのことを調べても、今の僕に理解できるとも思えない。


ハルカのまっすぐな瞳は、何をみていたのだろうか。


・・・


学園で窓の外を見ていることが多くなった。

少し疎遠だっためぐるが心配そうに声をかけてくれる。

「なんか・・・あったか?」

「そうだね。なにがあったんだろう」

「ハルカちゃんもずっと来てないし」

「うん、たぶんもう来ない」

「それって、義体が壊れたとかそういうのか?」

「そうじゃないよ。それは直接聞いた」

「じゃあなんでだろうな」

「うん。わからないな」


このころは絵里ちゃんも僕の前では、あまりはしゃがない。

教室の扉も、すっかり平穏を保ってしまっている。


ちょっと元気ほしいんだけどな。

なんとなく甘えてしまう。


みんなには悪いけど、おそらく僕自身が考え続けることだ。

ハルカのことを。


・・・


大学部に進学するころになると、少しは落ち着いてきた。


いくつか浮かぶキーワードをつなぐ糸はなんだ。

超精密、画期的、体の一部、受け付けない制御、僕といるとき。


感情?


たしかに、単に精密な制御であれば、一番優先度が低くなる。

歩く、つかむ、これらに感情が出ることはある。

でも感情で動かすものではない。


感情が高まると、うまく制御できなくなることが問題か?

手や体の震えなんかがわかりやすい。


つまり・・・優先度が低いのではなく、オミットした?

いやでも、体が一部だけになることと直接つながらないな。

関係はあるかもしれない。

でも、あそこまで踏み込む理由にはならない。


まさか。


ただ単純に、「わからなかった」だけなのか?


感情が高まると制御ができなくなる。

エラーで止める。

これは、エラーで動き続けることより、よっぽどいい。

間違った制御で介護などの作業を続けることは危険だ。

これは、理由はわからないが都合がいい結果となるはずだ。


緻密な制御を目指し、彼女の身体をどんどん浸食していった。

当初は優秀な結果になった。どの義体よりも精密に動ける。

僕をキーとする感情の高まりも、むしろ制御として都合がいい。


最終的に、「彼女の感情を壊してしまった」

そう考えるのが妥当だろう。


今も凍結された彼女のことを想う。

残酷な運命が突き付けられたことに間違いはない。

僕が彼女を想う気持ちにも間違いはない。


雪の日に受け取った言葉。

それは、彼女が僕を想う気持ちも絶対のものだと確信する。


今の僕ができること。

ハルカのためにできること。


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