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第8話 あやつり人形

・あの人のハンカチ


わたしの日課はたくさんだ。

自分の点検、運動の練習、お世話の練習。

レポートを書いたら、お勉強。

ごはんの練習が一番好き。

でも、点検のときのパック交換がちょっと残念かな。


あるとき、研究員さんが「外に出れるよ」と教えてくれた。

ずっとお話してた、最終段階。

ついに、ここまでたどり着くことができた。


最初は研究員さんたちとお散歩。

慣れてきたら、一人で街を散策することに。

雨のお散歩のとき、研究員さんは赤い傘を持たせてくれた。

「ちょうどいいわ」って聞こえてきたけど、気のせいかな。


雨の中で傘を差しながら歩くのは、思ったより難しい。

風もふいてる。


「あ」


拾わなきゃ。立たなくちゃ。服がよごれちゃった。


「あの、これ。返さなくてもいいから。」


手を引いてくれた男の人にハンカチを持たせてもらう。

どこかへ急ぐその人の背中をずっと見ていた。

ハンカチを握りしめて。


・ふしぎな名前


日常生活訓練でハンカチを洗っているときだった。

研究員さんがちょっと意地悪に聞いてくる。

「ハルカちゃん、いいことあった?もしかしてあの人?」

「いいんです!ちゃんとお返しします!」

「ハルカちゃんも女の子だもんねー」

「もう!」


特報です!という研究員さんの言葉にお出かけの足が止まる。

学園での実地試験が正式に決まった、とのことだった。

うれしい。学園に行って、お友達とおしゃべり。

そしてみんなでごはんを食べる。

あとはちょっぴりお勉強。

「今日の市街地移動訓練は、ちょっと学園見てきたら?」

「そうします!」


ポケットにはハンカチ。

毎回からかわれるけど、お出かけにこれだけはないとダメ。

もうすぐ学園だねと思ったとき、あの人にあった。


「あのときは」

「あのときは」


同時に出たことばが可笑しい。そしてなにより、うれしかった。


ハンカチを彼に返してお礼を言う。

ずっと持ってたの?という彼の言葉がちょっと恥ずかしい。

わたしも学園に通うんだ。自己紹介しなくちゃね。

名前を告げると、彼が不意に私を呼んだ。


「はるか」


戸惑っていると、まさに衝撃の事実が発覚!名前が同じ!

そんなことあるんですね、といったときの彼は、かわいかった。


研究所に戻ると、とーっても意地悪な顔の研究員さんがいた。

「ハルカちゃん、愛しの彼はどうだった?」

「そういうのじゃないですって」

「じゃぁどういうの?」

「もぅ。いじわるですね」


胸に手をあて、彼の顔を思い出す。

少し・・・どきどきしている、のかな?


・はじめての日常


はじめての学園へ行くとき、念押しの説明がいっぱいあった。

でも覚えているのは、「彼に会えるといいね」という言葉だけ。

ほんと、いじわるなんだから。


「あ」


教室に入ると、固まった。文字通り。フリーズってやつだよ。

あの人だ。同じ名前のはるかくん。

目が合ったとき、微笑むのが精一杯だった。


はるかくんは周りのお友達といつもにぎやか。

ちょっといいな。

なんて思ってたらびっくり。わたしもにぎやかになった。


あるとき雨で困ってた。今日は降らないって予報だったのに。

身体に影響はないけど、ノートが濡れちゃうかもしれない。

どうしようかと考えていると、はるかくんが声をかけてくれた。


「しばらく続きそうだし、一緒に帰ろっか?」


これはまさか。ご本でしか読んだことのない、あの憧れの!

はるかくんは、やっぱり優しい人だな。


・・・


絵里さんからこっそり誘われた。

「七夕イベントで、はーときゃっち大作戦!」みたい。

はるかくんのことは気になるけど、大作戦はちょっと、かも。

研究員さんに相談すると、承諾してくれた。

「いっておいで。浴衣も買ってきていいから心配しないで」


お買い物ははじめて。色とりどりの浴衣に目が回る。


くるくる回ってた絵里さんが、浴衣を持って走ってきた。

「これ。はるかちゃんは、ぜったいにこれ」

金魚が泳ぐ白い浴衣だ。かわいい。

「えりの目に間違いは、あまりないのです!」

なるほど?と、試着すると絵里さんからダメ押し。

「やばい」

「やばい・・・の?」

「これはね、似合うとかそういうのでなく、もう恋なんだよ」

「金魚だよ?」


お互い頭の上に?が浮かんだあと、ものすごーく笑った。

こんなに笑ったのは、はじめて!

これにしよう。これがいい!


笹の下で開催の大作戦、もとい、おひろめ会にみんな集まった。

いつもと違う「じんべさん」のはるかくん。

浴衣のお披露目はちょっとだけ恥ずかしい。

でも、絵里さんが間違いないって。

だから、ちゃんと見てもらうんだ。


そう思ったとき、はるかくんがつぶやいた。

「すごく・・・綺麗だ」

絵里さんと一緒に、固まった。文字通り。もうカチコチ。


「二人がずっと一緒にいることができますように」


はるかくんが、短冊に書いた内容でもっと大騒ぎに!

また研究員さんにからかわれちゃうかも。


・・・


お勉強、数学が一番苦手。試験はやっぱり不安だった。

でも、にぎやかな4人でお勉強会できることになった。

はるかくんに教えてもらいたいな。


絵里さんはめぐるさんに色々教えてもらっている。

はるかくんは数学が得意みたい。

これは適材適所てやつだよ!きっと!


はるかくんが優しく教えてくれる。順番に積み重ねるんだ。

そうだね、わたしも、はじめてを順番に積み重ねている。

すこしずつ、はじめての日常を積み重ねて前へすすむ。


お勉強もわるくないよね。

そう思ったときにはるかくんの目線がちょっと気になった。

視線の先は・・・ふふ。かわいい。


思った通り、お勉強会は大騒ぎになっちゃった。

でもやっぱり、とても楽しかったな。


・わたしのカラダ


義体の特番について研究員さんに聞いたときだった。

「ハルカちゃんのコメントも欲しいって」


この超高精度義体はわたしがずっとテストしてる。

いろいろなことがあったけど、「その先」を見せてくれた身体。

その想いをみんなに伝えたかった。

研究員さんに感謝を伝えたかった。


そう思っていた。それは本当。


みんなで海にいったとき、義体だから、なんてことはなかった。


ありがとう。でも。


スイカ割に失敗したとき、わたしの腕が突然消えた。

自分の感覚が信じられなかった。痛みも違和感もなにもない。

腕が消えた。最初からなかったかのように。


研究員さんは、高負荷フィードバックの緊急遮断、と言ってた。

想定と少し違うけど調整するから心配しないで、とも言ってた。


よくはわからない。


でもなぜか、わたしのカラダがわたしを突き飛ばす。

そんな夢を見た。

もしかすると、わたしはそこに「ある」だけなのかもしれない。


・さがしもの


研究員さんに夜間外出の許可をもらった。

浴衣に着替えていると「ハルカちゃん、よかったね」って。


はるかくんに会いたい。少し小走りになってしまう。

途中の雑貨屋さんで、かわいいお人形さんに目がとまる。

どことなく、はるかくんに似ているな。

そうだプレゼントしてみよう。

もしかすると少し遅れてしまうかもしれないけど。

でもちょっぴり驚いたはるかくんの顔が見たかった。

はるかくんは、もう階段下で待っていた。ごめんね。


大鳥居をくぐった先の光景は、いままで見たどの景色とも違う。

いろんなたくさんの光。いろんなたくさんのはじめて。

お話で知っていた金魚すくいに射的。たくさんのたべもの。

やってみたかったけど、金魚を連れて帰るのはダメ。

つれて帰るとすぐに息絶えると聞いたことがある。


たぶん、あの水槽から出てはいけないんだ。


射的でもらった、おもちゃのブレスレット。

ひとつのブレスレットが二人をつないでくれる。

そんな気がした。


たこ焼きは、ほんとうのことを言うとね?

「たこ」がよくわからなかった。

でもおいしい。はるかくんと二人で食べるから?


どーん


びっくりして少しよろけちゃった。

支えてくれたはるかくんの顔が、どんどん近くなる。

はるかくんのことで頭がもういっぱいだ。


たぶん、とてもとてもドキドキしている。


・・・ドキドキしている?


わたしの身体はいつも通りにとても冷静。これはなぜ?

これはわたしなの?


よくはわからない。


その夜の夢は何かとてもさびしかった。

はるかくんと一緒にいるわたしを見ているわたし。


もしかすると、わたしの方が「お人形」なのかもしれない。


・もつれた糸


学園の帰り道、やっぱりはるかくんはすごい。

パン屋さんのことを、ぴたりと当てる。

もしかすると、本当にお見通しなのかもしれない。


・・・あなたのそばにいるのは、お人形だってことも。


絵里さんは、めぐるさんといるとドキドキするって言ってた。

普段は内緒だけどね、という絵里さんはすごく自然だ。

じゃぁ私は不自然?

うまくお人形をあやつれないから?


わたしのお人形は、わたしに何も言わない。

ただじっと、そこにあるだけ。世界で一番大切な人の横に。


わたしの中のはるかくんが・・・欠けていくような。

つかみどころのない想いに、自然に涙が出てしまう。


そのとき。

おまつりの思い出が、切れてしまった。


毎日のように、わたしの想いをつないでくれていた。

そのブレスレットが。


わたしの想いは幻だったの?

その日の夢は怖かった。ずっと覚えている。


はるかくんを見ているお人形が、こちらを見た気がしたから。


・わかんないよ


わたしは本が好き

小さいころからたくさんのお話を読んだ


中でも一番好きなのは、この本かな


「はるかくん」


それは素敵な人とわたしが恋に落ちる物語


手をつないでお散歩

二人で一緒にお買い物

そして、夕日に染まる公園でキス


すごくドキドキするお話


ドキドキするお話?


ページをめくる

ない


書いてあったはずなのに

どこにもドキドキがみつからない


ページをめくる


どこにも書いていなかった


手元から本が消えた


見渡す限りに本棚がならぶ図書館で、あの本を探す

何度も何度もよんだお話


だけどいくらさがしてもみつからない


おちつこう、さがしものはあわてたらだめ

おおきく息をすったとき

きょとんとしたお人形さんと目があう


そうだ、お人形劇しなくちゃだった


わたしは一生懸命あやつり人形をおどらせる

はるかくんのうたをうたいながら、人形劇のおひろめだ


糸の先でおどっているのはわたし、おどらせているのはわたし


お人形さんは恋をしました


  あなたはどうなの?


わからない

わかんない

わかんないよ


・さいごのねがい


殺風景なメンテナンス用ベッドに似つかわしくない千羽鶴。

赤い1羽がこちらを見た気がした。


視線を向けた先には、小さな人形。

はるかくんに似ているって渡しそびれたお人形。


「!」


「ハルカちゃん。どうしたの?」

「どうしても。あわないと。つたえないと。このままだと」

「ハルカちゃん・・・」


長く寄り添ってくれている研究員さんに申し訳ないと思うけど。

「今の状態を考えると、もう影響が予測つかないの」


たぶんわたしは知っている。わたしにわたしが残っていない。

「おねがいします」

「・・・」


外はしんしんと雪が降っている。

研究員さんは、お気に入りの傘を持たせてくれた。


はるかくん

・・・・・・ぎゅ


はるかくん

・・・・・・ぎゅ


一歩一歩ふみしめていく。


はるかくん

・・・・・・ぎゅ


はるかくん

・・・・・・ぎゅ


はるかくん

・・・・・・・・・


「ハルカっ!」


遠くに


世界で一番大切な人が見えた


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