第7話 ドキドキの意味
・想い憧れ
夕暮れ時、神社の階段下で岬さんを待っている。
めぐるや絵里ちゃんとは別行動だ。
「新婚さんおじゃましちゃうでしょー」という理由らしい。
新婚どころか、まだ二人きりで出かけたこともない。
あ、そうか。だから妙な気を利かせて・・・?
先走った気遣いに気づいたころ、少し小走りの岬さんが見えた。
「ごめんなさい。ちょっと寄り道しちゃって」
「全然」
七夕ぶりの金魚が泳ぐ白い浴衣は岬さん、って感じがする。
さて、ここは私めがエスコートいたしますよ。
というようなノリで自然に手を差し出してみる。
少しだけ驚く岬さん。ニコっと笑って手を取ってくれた。
あードキドキした。これ拒否られるとヤバかった。
大鳥居を抜けた先には、色とりどりの屋台が並ぶ。
いかにもお祭りという雰囲気だ。
何かを見つけた岬さんが、僕の手を強く引いた。
「あれが夢だったの!」
「えーっと、金魚すくい?」
「うん!ずっとやってみたかった」
子どものころに、あまりお祭りとか行けなかったのかな?
浴衣の腕をまくり、獲物を狙うその目はまるでハンター。
意外にも、大きな黒い出目金の一点狙いのようだ。
「おしい!」
大物は水槽の中で「甘いな」と言いたげだ。
残念ながら、3度のチャレンジで獲物には届かなかった。
屋台の親父が、もっていきなと小さい出目金を差し出す。
「ありがとう、でもごめんなさい」
「いいの?」
「うん、研究所には連れて帰れないから」
少し寂しそうに見えたが、次はあれ!と射的の屋台をめざす。
その構えはまるでスナイパー、獲物を狙う目が鋭い。
パン!という軽い音で獲物はあっさり岬さんの手に落ちた。
「えっへん!」
まるで相棒のようにコルクの銃を担ぐ岬さん。かっこいいー。
手にした獲物は二連のブレスレット。
とても簡素なものだが、二つにわけることができた。
「はるかくん、おそろいだね!」
なんだかちょっと照れくさい。
提灯に照らされた細いチェーンは、キラキラと輝く。
なにか大切なもののように見えた。
おっと、屋台といえば屋台メシだよね。
「岬さん、なにかたべようか」
「うん、でもちょっとしか」
そうだった。食べれるけど、一口とかそいう感じだ。
一口?
あー、そうだった。
「あそこにちょうどいいの売ってる!」
「あ、そうだね。あれなら」
あつあつのたこ焼きは、案外よく出汁が効いた本格的なもの。
はふはふ言いながらたこ焼きを分け合う。
「うまい!」
「うん、おいしいね」
「はるかくん、おまいりいこっか」
二人で鐘を鳴らす。
両手を合わせる岬さんの横顔をそっと覗いて、はっとした。
そうか。
うれしい、たのしい、おもしろい、こわい。
彼女はまっすぐ世界を見つめているんだ。
だからこんなに綺麗なのか。
どーん
不意に打ちあがる花火。
岬さんが少し驚いて寄りかかる。ちょっとすくんだ肩を抱く。
彼女の目に引き込まれるように顔をよせた。
「だめ、だよ」
「ログに・・・ログに残るから」
うつむきながら、つぶやいている。
腰にまわした手を、そっと引き寄せる。
彼女はゆっくりと顔を上げ、僕を見つめている。
「ハルカ」
信じられないほどの静けさの中で、そっと唇を重ねる。
強く抱いた彼女の胸は
自分の鼓動を重ねた彼女の胸は
まるで何事もなかったかのように
静寂を保っていた
こんどはみんなで来ようね、というハルカ。
その目には、薄く涙が浮かんでいるように見えた。
・想いの果ては
紅葉が色づいてきた。
いつもの帰り道がちょっぴりセンチメンタルになる景色。
最近はハルカと二人で帰ることも増えてきた。
「はるかくん、前に寄ったパン屋さん、まだ開いてるかな」
そういえば、以前にハルカと行ったな。
少しまってね、と伝えて女神を想う。
▽ もぐもぐベーカリー
残り時間:38分
在庫状況:チョココロネ+、クリームパン++
リス度:79
いや、リスはいいよもう。
「大丈夫な気がする。チョココロネもまだありそう」
「はるかくん、すごい。絵里さんが言ってたのほんとだね」
「絵里ちゃんはなんて?」
「なんでもお見通しさんって」
「そ、そんなことはないよ」
少し思案するようなしぐさでハルカが続ける。
「絵里さんはね、めぐるさんを想うとドキドキするって」
あ、内緒だよと念を押しながら、胸に手をあてる。
「はるかくんのことを思うと・・・」
「ドキドキするはずなんだけど、よくわからない」
「わたしって、変かな」
「変ではないと思うよ?」
「そうかなぁ」
ハルカの真意はわからない。
でも個人差が大きいんじゃないか?こういうのは。
トラムに乗って西側の公園まで出ることにした。
「こっちにくるの、はじめてなの!」
いつものハルカとは声の高さと勢いがあってない印象だ。
なんだ?この妙な違和感は。
答えがほしいと、窓の外を見るふりをして女神に問う。
▽ 話し声
トーン:A4#
テンポ:110
そうではなく!聞き方が悪いのか?
彼女の声の真意が知りたいんだ。
▽ 話し声
デルタ:18
あーもう!
「はるかくん、どうしたの?なんかちょっと怖い」
「ごめん、考え事してた」
「そうなんだ。でもちょっと意外かも」
「そ、そう?」
「うん、新しい顔がみれた気がする」
「あ、うん、ごめんね」
「ううん、気にしてるわけじゃないの」
「さて、どこいこうか、ハルカ」
「一緒ならどこでもいいよ」
そういったハルカの目線はすこし、それている気がした。
なにかやったかな。さっき怖がらせちゃったからかな。
心の中でもう一度あやまって、トラムを降りた。
夕方が評判の桟橋は、その通りとても美しい。
「きれい!」
少し日が傾き、オレンジの空が海に反射している。
その境界をハルカがじっと見つめる。
そっと肩を抱き、吸い込まれるようにキスをした。
ハルカは胸に手をあてたまま、目をつぶっている。
「ハルカ・・・」
「ううん、ごめん、ちょっと目にゴミがね」
「大丈夫?」とハンカチを出し、ハルカが受け取るそのとき。
ハルカのブレスレットが軽い音をたてて、落ちた。
じっと地面を見つめるハルカ。
おそろいだねと言っていたブレスレット。
射的の景品の簡素なチェーン。仕方ないかな。
座り込んで泣き出すハンカチを、抱きしめるしかできなかった。
腕の中からは、低い静かな音を感じた。
・女神の加護
自分の部屋で天井を見つめる。
涙ぐむハルカの顔がぐるぐると脳裏を駆け巡る。
ハルカのことを教えてほしい、どこかすがるように女神を想う。
▽ メンテナンス中の筐体
ログ転送率:87
バッテリー残量:35
ステータス:充電中
なんだよこれは!
ぶつける先のない怒りがベッドを叩きつける。
何も考えられない。ただ漠然と、なぜなのかと女神に問う。
051
以前見た数値と違う。もう一度女神に問う、なぜなのか。
050
減ってるように見える。
まさか回数?スキルの残り回数ということか?
思えばハルカの表示のことも「一貫して」妙だった。
ハルカのことを問えば、義体のステータスのような表示。
パン屋の営業時間なんかは具体的に出た。
具体的なイメージなしに女神に問えば、回数だけ。
・・・僕のイメージで「世界を見る」スキルなのか?
具体的なイメージに集中する。
ハルカはいまどこにいる?スキルはあと何回?
▽ メンテナンス中の義体
位置情報:研究F街区
利用可能:49
何が未来が見える最強スキルだよ。
いや、未来なんか一度も見えたことがない。
そうか、そういうことか。
その日僕は、眠ることができなかった。
・・・
冬の気配が訪れると、学園であまりハルカを見なくなった。
たまに会っても、大丈夫、実験の都合かな、とはっきりしない。
風邪などとは無縁のはずだ。
義体の故障かと思ったが、ハルカはそれだけなないと言う。
スキルで確認した場所へ行っても、よくわからなかった。
「岬ハルカさんは、テストを続けられているんでしょうか」
「ごめんなさい、規則なのでダメなんですよ」
もし仮に、万が一、万が一にもなにかあったら。
そうか。今の状況がわかれば。
▽ 評価試験機
ステータス:研究D街区へ移動中
利用可能:42
▽ 評価試験機
ステータス:待機中
利用可能:41
▽ 評価試験機
ステータス:研究F街区へ移動中
利用可能:40
わかってはいる。わかってはいるけど何度も確認してしまう。
残り回数にどんどん焦る。
残りが20ほどになったとき、我に返った。
何もできないまま、時間だけが過ぎていった。




