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第6話 わたしは大丈夫

・義体


「自分で触れて、自然に感じることができるんです!」


岬さんの声に首がもげるほどの勢いで画面を凝視する。

視線の先で、「新たな領域へ」という番組が放送されている。

まるで超高精度義体開発の成果報告、といった様相だ。


確かに岬さんは人間との区別がつかない。

いや、義体と全く気付かなかった。


「へぇー立派なもんだ」そう言いながら親父がビールをあおる。

心なしか、いつもより饒舌だった。

「お前の小さいとき、たくさんの人が困ったろ」

「うん?」

「まぁ覚えてないか。今も義体で色々なとこで活躍してる」

「いや、知ってるよ。遠隔作業従事ってやつだよね」

「そう、トラムの運転とかな」


親父は2つ目の缶ビールに手を伸ばし、続ける。

「まあその人たちに申し訳ない点もあるんだけども」

「俺は直接かかわってないんだが」

そう言いながらプルタブを引く。

「医療とか介護での繊細な制御は厳しいってのが共通認識で」

「でもついに、その繊細な動きってのが、できるようになった」

「それを彼女が証明したってわけだ」


素朴な疑問がうかぶ。

「それって、遠隔作業従事と何がちがうの?」

「義体って直接神経につなぐから義体っていうだろ?」

「聞いたことはあるよ」

「この義体はその範囲が段違いなんだよ。まさに何桁も違う」


母さん!とついに3本目のビールを要求しながら続ける。

「詳しいことまではわからないんだが・・・」

「だからまあ、超大容量のネットワークが必要になる」

「ここで実験がすすんでる理由だな」


「そうか。ついにここまで来たか」


笑顔の岬さんを見る親父は、遠くを見つめるようだった。


「わたしの活動は、多くの方に役立つと信じています!」

岬さんは、力強く宣言する。


4本目のビールを要求するころには、寝室に案内されていた。


岬さんは、たしかに特別な義体の持ち主かもしれない。

遠隔作業従事で使われる義体は、一見してアンドロイドだ。

その理由も聞いたことがある。

表情が読めないし、やや大振りにしか動けないからだ。

見た目があまりに人間そっくりだと誤解や軋轢を生みかねない。

できないわけではなく、しない。そういう配慮だ。

そのためかどうかは知らないが、みな公務員だ。

決められた役割で、それぞれ仕事をこなしている。


今回の発表は、まさに一線を画す技術だ。間違いない。

身体の自由を奪われてしまっても、自由な社会生活に戻れる。

これが何を意味しているのか、何を目指しているのか。

僕にはそこまでは、わからない。


でも・・・


岬さんが、普通の義体だったら、僕はどう思ったのだろう。

綺麗な人だと思ったのは、特別な見た目だったからなのか?

興味を引いたのは、アンドロイドではなかったからか?


初めて会ったときのぎこちなさを思い出す。


呑んでもないのに、酔っぱらったような感覚だ。

僕も早く寝よう。


・身体とカラダ


夏休み直前、絵里様のご提案でみんなで海水浴に来ていた。

お約束の水着回ってやつだよ。


「やっほー!」

黄色いビキニがなかなかに刺激的な絵里ちゃん。

案外、着やせするタイプのようだ。

めぐるはさっきから腕組みして海に向かってなんか言ってる。

それは置いとくとして。


ダイナマイトな水着姿に、どうしても目がいってしまう。

いかんいかん。なにより絵里ちゃんに対して失礼だ。

いや正直、気にはなるよ?


背後から岬さんの少し意地悪そうな声が聞こえてきた。

「ふーん、阿南くんも男の子なんだね」

「え、あ、いや、まぁ、はい」

「健全な肉体にご興味をお持ちですのね」

「え、なんか、ごめん」

「あやまることないよ。もしかして特番見たのかな?」

「見たよ。親父と一緒に。近い仕事みたいで、色々聞いた」

「そうなんだー。ね、どう思った?」

「正直、びっくりはした」

「それで?」

「なんていうか・・・岬さんは、岬さんって思った」


ふーん、と岬さんはしばらく唇に指をあて思案している。

「ごめんね、変なこと言っちゃって」


別に、と言おうとした相手は、波打ち際に駆け出す。

「阿南くん!みてみて、小さいカニさんがいる!」


白いワンピースの水着姿はとてもまぶしい。

やはり義体とは思えない。あまりに自然だ。

ただ、岬さんが岬さんであることに何も変わりはない。

さっきのは、お茶目な一面、とでも受け取っておこうかな。


さっきまでくるくるしてた絵里ちゃんが唐突にブッコむ。

「テレビ見たよ、はるかちゃんって、義体?なんだよね?」

「あ、はい」

「ねね、義体ってどんな感じ?」

「どんな、って言われても・・・普通に、自分の身体だよ」

「そう?」

「うん、ごはんも食べられるし。少しだけどね」


「でもはるかちゃん綺麗だよね。お顔は元のはるかちゃん?」


満面の笑みで失礼なことを聞く絵里ちゃん。

いや、正直ちょっとは興味あるよ?さすがにね?


「体型とか顔とかは、個人を識別する性質が強いから・・・」

「写真や親族の証言も含めて総合判断、って聞いたよ」


「へー」


絵里ちゃんは難しい単語が出てよくわかんない、って感じだ。

とりあえず、見た目には納得したらしい。

次は機能面について確認したいようだ。

「うみとか塩水って錆びちゃったりしない?」

「え?」


無邪気な笑顔で酷いことを聞く絵里ちゃん。

その性格が、もはやうらやましい。

いやまぁ確かに一般的な義体のイメージでもある。


「ほっといたら、錆びるかもね」

岬さんはうふふと笑って、軽く受け流していた。

さすが岬さん。大人ですね。


ここでスイカ割道具一式を担いだめぐるが登場。

「おーい、割るぞースイカ」

どっから持ってきたんだよ、それ。


「目隠しして割るのが夏の醍醐味ってばーちゃんが言ってた」

よくはわからないが、てきぱきと準備をはじめている。


「じゃぁまずはジャンケン。勝った奴が割る。これが男気」

それもよくわからないが、勝ったのは岬さん。

一番男気からは遠そうだが、やる気は満々ってとこだ。


「みぎー!」

「もっとひだりー!」

「そこだー!」


みんな、わいわいと盛り上がる。

でもこれ、割っちゃうと食べにくくないか。

ちょっと冷静なことを考えていると、


ドン


勢いよく振り下ろされた棒が、スイカをかすめる。

その瞬間、岬さんの右肩が、がくりとずれた。


「え・・・なんで?」


戸惑う岬さんの声。


「どんまいどんまーい!」

絵里ちゃんはいまいち状況がよくわかっていないようだ。

一方で、めぐるは心配そうに見ている。


思わず駆け寄って手を差し伸べる。

ただ幸い肩はすぐに元にもどり見た目には問題なさそうだ。

いやでも、いくら義体とは言え痛いんじゃないか?

肩ずれたんだし。できることはないが、ゆっくりと肩をさする。


「大丈夫、大丈夫だよ」


岬さんは痛そうではない。信じられないといった表情に見える。


僕がさする手に笑顔で答える岬さんが、ゆっくり手を添える。

急にお互いを意識したのか、真っ赤になる岬さん。


様子を見ていためぐると絵里ちゃんが茶化してくる。

「今日って、めちゃくちゃに暑くないか?」

「あついーなんだかとってもーとくにあのへんー」

「かー!遥先生!おみそれしました!」


「でもハネムーンがここって、しょぼしょぼだよねー」

やめなさい絵里様。


帰り道、夕日をバックに岬さんがこちらに小さく手を振る。

「はるかくん、ばいばい」


岬さんが僕を名前で呼んでくれた。

なんだか、はずかしくもあり、うれしくもある。


今日は、そんな海水浴だったなあ。

あれ?泳いでなくね?


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