第5話 やさしいひと
・ふたたび
「転入生だ」
担任の一言に教室がざわつく。自分のときもこうだったのかな。
想いを巡らせていると、彼女、岬さんが入ってきた。
担任は少しだけ迷うように、彼女を紹介し始める。
「彼女はちょっとした事情から、ずっと自宅で学習してたが」
「今日からは普通に通えるそうだ」
「みんなよろしく頼むな」
その言葉に合わせるように、机に「岬ハルカ」と浮かんできた。
やはり同じ名前だ。
少しにやけていると、小さく声をあげた岬さんと目が合う。
しばらく固まったみたいになっていたが、微笑みかけてくれた。
案の定めぐるが話しかけてくる。
「なんだ遥、知り合いか?」
「あ、ああ。少しだけな」
「彼女かわいいな。紹介してくれ」
「ええええりちゃんに怒られない?」
「なんだそれ」
「そ、そういうものなの?」
「どういうものと思ってるんだよ」
めぐるとの掛け合いを、小さく笑う岬さん。
たしかに可愛い。
いや、やはり綺麗な人という雰囲気かな。
岬さんが教室の反対側の席につくと、授業がはじまった。
・・・
昼休みの鐘にシンクロして絵里ちゃんが飛びこんでくる。
「めっぐるくーん!はっるかくーん!おっしょくじだよー!」
いや知ってる。お昼休みだから。大丈夫。
岬さんが、こちらを見て笑っている。
「はっるかくーん」が可笑しかったのかな。同じ名前だし。
彼女は初めて学園に来ると言ってた。担任もだ。
つまり知り合いはまだ自分だけ。
そうだ!あの二人といっしょなら、早くなれるかもしれない。
先手を取ったのは、めぐるだった。
僕のときもそうだったが、行動力はすごい。
でもなぜか、絵里ちゃんごめんと心の中で手を合わせてしまう。
「お昼とか一緒にどう?え、あ、いや、今2対1なんだよ」
結構強引なナンパだな、邑上。
ほら、岬さんの頭の上が?だらけになっている。
当たり前のように絵里ちゃんも飛びこむ。そりゃ行くよね。
「わー!美人さんだ!えりだよ!しおみえり!」
「み、岬です」
おともだちだね!と岬さんの手をぶんぶん振る絵里ちゃん。
こちらもなかなか強引だ。息ぴったりじゃん。
と思ったら、めぐるをにらみつけている?
「こういうはバランスなんだよ!ばーちゃんも言ってたし!」
「そうなの?」
なぜこっちに話をふるのだ、絵里様。
岬さんは僕のほうに、実は、と切り出した。
「食べることはできるんです。一応」
「一応?」
「はい、でも少ししかダメなので」
なるほど?
たしかに小食だと食堂のボリュームメニューは厳しいかも?
「あ、岬さんをちょっと購買に案内するよ」
「えりも行く!」
「はいはい、わかったわかった。みんなで行こか」
購買はお昼を軽く済ませたい人にはぴったりだ。
でも非常に安価だが有料ではあるので、あまり人気はない。
絵里ちゃんが「よくわからないけどおいしい」ものをすすめる。
というより岬さんに押し付けている。めぐるは焼きそばパンか。
ひとまずクリームパンだな。ん?前にもあったか?
リス呼ばわりされるので意識的に大口になる。
あー絵里ちゃんはこちらを見ていないか。
リスじゃないアピール失敗。残念。
いや残念でもないか。というよりどうでもいいか。
クリームパンから「にょわ!?」と音がした。
いやいや、絵里ちゃんの声だ。
くだらないことを考えていたからかな。
「はるかちゃん、なの?」
「はい、岬ハルカです」
「はるかくん!はるかちゃんだって!」
「うん、知ってる」
「なんで!?」
「なんでって、たまたま同じ名前なんだよ」
そんなことが・・・と、なぜ手を合わせる絵里様。偶然だ。
「と、いうことはだよ?えりが思うに・・・」
「はるかちゃんがー、はるかちゃんでー」
「はるかくんは、はるかくんだね!」
いやさすがだよ。絵里様。
・・・
帰りも同じ方向のようで、4人で下校することになった。
どしどし歩くめぐる、くるくる回ってる絵里ちゃん。
それにくらべて、岬さんは静かにあるく。
にぎやかな4人に夕日が長い影を落としている。
つい、岬さんを目で追ってしまう。
影の持ち主の横顔を見た瞬間、息をのむ。
橙に染まるその瞳は、まるで吸い込まれるようだ。
「はっるかくん、どした?」
「え、いや、なんでもないよ」
「へんなのー」
絵里ちゃんに笑われて、あわてて視線を戻してしまう。
急に立ち止まった岬さん。なんか恥ずかしいぞ?
「わたしは、このあたりで」
あ、そっちの話?むしろもっと恥ずかしいぞ。
いやでもまだ研究街区だから、けっこう遠くないか?
岬さんに聞く前に絵里ちゃんが口を開く。
「ここがおうち?」
「はい、そうなりますね」
「そなんだ」
まったねー!と手を振る絵里ちゃんに合わせ僕らも手を振る。
「やっぱ美人よなぁ」
そうつぶやくめぐるに決まる絵里ちゃんのキックは。
オレンジ色に染め上げられて。
そう、とても、綺麗だった。
・日常
げた箱の先で、岬さんが立ちすくんでいるのが見えた。
いや、何か迷ってるような雰囲気かな。
さすがに傘がないと厳しそうな雨だ。
思わず傘ないの?と声をかけた。
「はい、今日は降らないかな、なんて思ってて」
「急に降ってきちゃったからね」
「このまま帰っても支障ないと思うんですが・・・」
「でもせっかくのノートが濡れたらと思うと」
いや、支障あるでしょ岬さん。
ノートじゃなくて、風邪ひいちゃうじゃん。
「しばらく続きそうだし、一緒に帰ろっか?」
なんかそのあれだ。下心とかではなくだな。心配じゃん?
一緒に傘にはいるやつのご提案を、ごく自然に申し上げてみる。
「え・・・いえ、あの、それは」
「よ、よかったら、だけど」
ものすごく小さな声で「お願いします」という岬さん。
でも、しっかりこちらを見つめている。
照れ隠しに、思わず少しふざけてみる。
「なんか変なうわさされたりしてね」
「大丈夫です」
「いいの?」
「はじめて会ったときから、優しい方だなって」
あーーー!顔が真っ赤になる。もう湯気がすごい。
雨蒸発するんじゃないのか、天晴じゃんこれ。雨だけど。
小さく微笑んだ岬さんは、綺麗にかわいいが同居してる。
いやもう最強な存在じゃないか!
ん?最強?
・・・
「ふふふふふ・・・」
扉の強度試験担当の絵里ちゃんが、ゆっくりと向かってくる。
なんだこの妙な不安感は。
少し恥ずかしそうな岬さんの手を引き、実はですねーと始める。
「今日はおひろめ会!なのです!」
「え、なに」
「めぐるくんとはるかくんは、じんべさんで来るのです!」
「すべてを彦星様にささげるのです!」
「ペンをわすれちゃだめだよ!おねーさんとのやくそくだよ!」
つまりは絵里様が七夕イベント的なものをご所望、と。
あと、できれば織姫様にささげたいかな。
・・・甚平なんてあったかな。
母親に聞くと、この間のこと忘れちゃったの?と出してくれた。
なぜか「こんなに若いのに・・・どうして」と、涙ぐんでいる。
そういうこともあるよと、商店街区の広場に向かった。
「おーい!」
スクワットしてる黄色い浴衣ですぐわかった。
ありがとう絵里様。
その隣に佇む金魚が泳ぐ真っ白な浴衣の女性に、目を奪われた。
すらっとした、でもどこか女性らしいライン・・・
めぐるがあざとくツッこんでくる。
「どうした遥」
「いや、な、なんでも、でも」
「めちゃくちゃ動揺してんじゃねーか」
めぐるとのイチャイチャをよそに、おひろめ会が始まった。
「じゃーん!こないだ一緒に買いに行ったんだよーかわいい?」
「おう、二人ともかわいいぞ」
「やったね!はるかくん、どう?かわい?」
「すごく・・・綺麗だ」
「え、そんな・・・」
二人とも照れてる。二人とも。二人とも?
「そんな、"はずかしいはるかくん"は、最初に書くのです!」
短冊に願い事か。いつぶりだろう。
目の間の岬さんと織姫さまのイメージが、なぜか重なる。
僕のペンはすらすらと願いをしたためた。
二人がずっと一緒にいることができますように
顔を上げると岬さんと目があう。
しばらく見つめあう、ふたり・・・
「キャー!はるかくんがはるかちゃんにこくはく!?」
「どしよう、めぐるくん、むすばれちゃう」
「お、おおおう。遥先生はやっぱ違うな。完璧に負けだ!」
「あーん、おりひめさまー、いまのお気持ちは?」
マイクになったペンを絵里様が岬さんに差し出す。
もちろん、岬さんは、あたあたしてる。
「いいいいや、ごごごめん、み、岬さんのことではなくて」
くるっと向き直った絵里様が、今度はペンをこちらに向ける。
「え、もう離婚会見ですか、彦星様」
なんてこと言うんだ君は!
・・・
まぶしい夏休みの前に再びの試練が訪れます。
そうです。期末テストです。
いやまぁ心配はあまりないんだが。
勉強を手伝ってほしいと、めぐるが両手を合わせ拝んでくる。
「遥先生、たのんます」
「あ、うん。かまわないよ」
「おおー心の友よ」
どっかで聞いたことあるセリフだな、なんだっけ。
そう思ったのも束の間、教室の扉が断末魔の叫びをあげる。
そうです。かぎつけた絵里様が参上なさったのです。
少し恥ずかしそうな岬さんの手を引いてこちらにやって来た。
「おくさんも、おべんきょーしたいって!」
「こここら!絵里ちゃんなにいってんの」
「えーいいじゃーん、いいなー」
ちょっとめぐるに目配せした絵里様が気にはなる。
たしかに岬さんはずっと学園に来ていなかった。
試験勉強を見てほしいのは本当のようだ。
その日の放課後、僕の家に集合して、勉強会開催となった。
4人で机を囲むのは、どこか懐かしいが新鮮だ。
めぐるは絵里様の面倒を見ている。
「ちげーだろ、ほらここ」
「えーわかんないんだもん」
やっぱ仲いいよな。なんだか、ほほえましくもある。
「阿南くん、ここなんだけどね」
「あ、岬さんこれはね」
数学ならまかせてと、順序だてて追いかけていく。
「あ、そうか!やっぱり阿南くん、すごいね」
顔を上げた岬さんの、その先の胸元。
ナチュラルに目が行き、ナチュラルに見つめてしまった。
「・・・えっち」
ちょっと茶化すような岬さんのつぶやきを絵里様は逃さない。
「あなんくん、いまはね?みんないるから、がまんだよ?」
「ほんま、かないまへんわー」
まてまてまてまて。ついでに、めぐるはどこ出身なんだよ。
つつがなく試験勉強は終わった、と信じたいなぁ。




