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第10話 ありのままのすがたで

・標準器


ハルカになにが起きたのかをずっと考えていた。

自分なりの仮説めいたものはあるが、それを確かめたい。

そんな動機で生体医工学を目指していた。


研究室に配属されてから、心が必要とする身体をテーマとした。


遠隔作業従事として、いわゆる一般義体に問題は起きていない。

義体で社会参加される方々、今もたくさん活躍されている。


「この義体はその範囲が段違いなんだよ。まさに何桁も違う」


昔、父に聞いた言葉がずっと心にひっかかっていた。


初期のリモート義体から改めて記録を洗っている。

そう教授に相談したときだった。


「ああ、それなら・・・」

そう言いかけた教授は、長い時間顎に手をあてて考えていた。


やがて、ゆっくりうなずいて端末の画面を僕に見せる。

「SA+指定だが、限られた範囲で開示可能となっている」

「また被験者の希望で開示条件が設定されている」

「君のことはある程度聞いているが・・・」

「現時点で適切かどうかは、判断しにくいのだけどね」


もしかして・・・


「超高精度義体に関する記録だ」


予感は確信に変わる。震える声で条件をたずねる

「"この姿を、ちゃんと見てくれる人に見てほしい"と」

「この姿?」


「脳と脊髄だけになってしまった、彼女自身のことだろうね」


わなわなと手が震えた

画面に表示された条件を何度もなぞる


僕がこの街にくるずっと前のこと・・・


映像は少し荒い。ある程度ポイントを絞っているようだ。

あどけない少女は映る。

でも、力強い目線のままでベッドに横たわっていた。


  神経制御理論の実証 -NBI Reference Project-

  Phase_1:DAY_0

  「みなさんのお役に立てると信じています」

  「がんばります」


小さいが面影が間違いない。


  Phase_1:DAY_49

  「ハルカちゃん、どう?」

  「ちょっと動きにくいですけど、すぐ慣れると思います」


全身に埋め込まれた電極。

頭髪もなくなった姿が、痛々しい。


  Phase_1:DAY_245

  「・・・まだ、まだ大丈夫です」

  「つづけられそう?」

  「はい、これしか、これしかないので、わたし」


  Phase_1:DAY_343

  「ハルカちゃん、よく聞いて」

  「今の調査はもうすぐ終わるんだけど・・・」

  「この先はよく考えてほしいの」


  「・・・続けたいです、続けさせてください」


震える右手を抑えながら、次の記録を開く。


  神経制御理論の実証 -NBI Reference Project-

  Phase_2:DAY_70

  「ハルカちゃん聞こえる?」


一瞬、天井からぶらさがる彼女の姿が理解できなかった。

おびただしい数のケーブルでつながれている。


  Phase_2:DAY_280

  「右手をゆっくり上げてみて」

  「そう、上手」

  「そのまま手を握って」


画面の彼女は微動だにしない。

指示する声と低い音だけが響く。


  Phase_2:DAY_525

  「ハルカちゃんのおかげで、ここまでこれた」

  「ほんとうにありがとう」

  「十分すぎる結果になったわ」


  「・・・続けます」


  「ハルカちゃん、これ以上は」


  「わかっています」

  「でも、この先を見てみたい」


  「もう本当に元に戻る方法がなくなるのよ」


  「お願いします」

  「うまれてきてよかったって」

  「そう思えるんです」

  「どうか・・・どうか、お願いします」


・・・


教授がこちらを見てゆっくり口を開く。

「阿南君、この先は」


「・・・はい、お願いします」


「わかった」


・・・


  神経制御理論の実証 -NBI Reference Project-

  Phase_3:DAY_98


のどが詰まる。

全身が震える。


彼女の一部が・・・ガラス容器の中にあった。

直後に見覚えのある姿が映る。


  「ハルカちゃん、まずは右腕をゆっくり前にだそうか」

  「動きながら名前をいえる?」


知ってる彼女がゆっくり動く。何度も聞いた声が流れる。


なぜここまで?

なぜそこに踏み込んだ?

本当に彼女が望んだとでも言うのか?


・・・「うまれてきてよかったって」


彼女の声が頭の中をぐるぐる回る。


・剥落


うまく端末が操作できない。

次の記録からは僕と出会ってからのものだった。


  神経制御理論の実証 -NBI Reference Project-

  Phase_4:DAY_116


  「また義体側で複数のオーバーフローが出てますね」

  「そのときの状況って追える?」

  「特定の人物と接触が多い時、でしょうか」

  「どういうことかしら」

  「あくまで現時点の個人的な推測ですが」

  「続けて」

  「情動とでも言ったらいいのでしょうか」

  「情動からくる過剰なシグナルでオーバーフロー?」

  「そうなりますね」


  Phase_4:DAY_193

  「はっきりとは言えませんが、内受容感覚、でしょうか」

  「内受容?」

  「はい、岬さんには生身の肉体がありませんから」

  「そうね、でも制御に直接問題はないって結論では?」

  「はい・・・これもまた確証はありませんが」

  「いいわ」

  「情動としてのフィードバックがない状態でしょうか」

  「そんなの、どうしようもないじゃない!」

  「はい、我々が目指す義体という意味では・・・」


  「どうしようもありません」


  Phase_4:DAY_251

  「ハルカちゃん、聞こえる?」

  「・・・」


  「やはり、負荷が高すぎるとみるべきかしら」

  「あれから心理学研究所とも密に連絡を取っていますが」

  「なにかわかったの?」

  「・・・クオリアの剥落、とでも言いましょうか」

  「剥落?」

  「はい、内受容感覚からの現象を受け取ることができない」

  「つまり対応する感覚から形成されるクオリアが・・・」

  「剥落していくように、選択的に失われます」

  「バラバラになったクオリアが意識に影響を?」

  「ネットワークが分断された状態、とも言えますね」

  「身体としての義体と信頼関係を失い、制御不能となる?」

  「そうです。これは心と身体は不可分と解釈できます」

  「今更それは・・・」

  「はい、今更です・・・」


  Phase_4:DAY_269

  「どうしても。あわないと。つたえないと。このままだと」

  「今の状態を考えると、もう影響が予測つかないの」


  「おねがいします」

  「ハルカちゃん・・・」


  「だいじょうぶです。わたしがわたしであるうちに」


・・・


彼女がどれだけ考えたのか。

どれだけ怖かったのか。

どれだけ、今の身体に感謝していたのか。

どれだけ覚悟して、義体になったのか。


だから、あれほど。

まっすぐに。

世界を見つめようとしていたんだ。


ぐっとこぶしを握り締め、自分に言い聞かせた。

何をなすべきか、と。


-・・・ -・--・ ・-・・ ・-・ ・-・・・ -・・-・ ・- 


夕映えに染まる町を背に

そっとあなたの肩に手を置く


あなたにふれるその手は

いったいだれのものなの


あなたのひとみに映るのは

いったいだれのものなの


ガラスの箱をそっとひらいて

わたしにきづいてくれるなら


あのきらめきのなかに

はばたくことができるから


遠く遠くどんなにも遠く


わかりあえることができると

ひとつにあると信じつづけて


・-・・・ -・・-・ ・- --・・- ・・-・・ ・--・ -・-・ 


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