第七話 灰色のオルフェ
父親は招待されていないその夜会に、セデュイールは出席を決めた。当日、指定の黒いマントと仮面を付けて会場に向かう。主催者自身の邸宅を舞台としたその夜会には既に客が大勢詰めかけ、車止めには同様の黒マントと仮面を被ったタキシードの男たちがさざめいていた。
互いに身分を明かす必要はないと招待状に記載されていた通り、踏み込まない、上滑りする会話が客同士の間で交わされている。
「貴君は、テイラー氏の夜会は初めてですかな?」
「私は今宵が初めてで。特別刺激的な演出があると噂で聞いておりまして、それを期待しているのですよ…」
「今宵はテイラー氏の秘蔵っ子も参加するとか。愉しみですなア、才能あるピアニストにして、淫蕩な娼婦でもある彼が! なんせ一晩に5、6人の男は余裕で相手にできるらしいですよ。まったく驚異的だ」
「あんな清楚な面立ちをして、毎晩男を咥え込んでいるなんてね、…」
淫蕩な囁きの間を抜けてセデュイールは邸内に入る。玄関ホールではお仕着せの壮年の使用人が扉を開いて出迎える。
シャンデリアや無数の燭台が真昼のような明るさに広間を照らしている。黒マントに仮面をつけた男の間に、ちらほら、踊り子のような衣装を着けた少年の姿が見える。
どう見ても14、5にしか見えない、華奢な少年たちだ。半透明の胸当てと腰巻を付けて、男たちの間を給仕して回っている。
モノトーンの男たちの間で、少年たちの身に着けた胸当てや腰巻と同色のオレンジや水色のヴェールが、魚の尾のようにひらめいている。
悪趣味な宴だ。何かを期待するような上ずった声で笑う男たちも、淫靡な欲望を秘めて舌なめずりするように少年の姿を目で追う男もいる。
ある男に話しかけられ無遠慮に触られそうになって、セデュイールはきっぱりと拒絶する。冷然とした彼の様子に男はすごすご引きさがり、給仕の少年に絡みに行った。
それから程なく、ざわりと周囲の男たちが騒めき、ホールに朗々とした声が響いて、セデュイールは顔を上げる。
螺旋階段の上を堂々と胸張って降りてくるのはこの屋敷の当主、宴の主催者、ウイリアム・テイラーだ。
そして彼に手を取られて淑やかに付き従うのは――ルーである。給仕の少年たちと同様、薄い紫のヴェールを纏い、目元に白い仮面をつけ、胸元には金の飾りを付けた紫色の胸当て、腰には半透明の紫の布を巻いている。――給仕の少年たちと違うのは、胸当てにぱっくりと縦に避けるような穴があって乳首がむき出しになっているということだ。同様に腰巻も申し訳程度に付けているだけで、中の下着があからさまに見えている。秘所を覆った部分を除いてただの紐のようにみえる下着は、脇のリボンを解けばすぐに脱がせられるようになっているようだ。
一歩足を運ぶごとにシャラシャラと鳴るのは、両手両足に着けた装飾の立てる金属音だ。
虚ろな瞳で微笑むルーが、男たちの淫蕩なまなざしに晒される。女性と見紛うほどほっそりとした腰に、滑らかな白い肌に、ゴクリと息をのむ音が聞こえる。
「今宵はようこそ、我が夜会へ足をお運びくださいました。どうぞぞんぶんに楽しんでいってください。今宵は無礼講です、多少の羽目は外しても結構!」
男たちの野太い歓声が上がる。悠然と彼らを見下ろしたテイラー氏は踊り場で立ち止まり、どんと隣のルーの背を押した。
よろよろとルーはその場に跪く。可憐な花のようにへたり込んだルーを冷然と見下ろして、テイラー氏は命じる。
「後ろを向きなさい、腰巻を捲って、皆様に見てもらうんだ」
「はい、ウイリアム」
俯いたルーは客に背中を向ける。半透明の腰巻をゆっくりたくし上げ、息をのむ男たちの前に、その下半身を晒す。
胸当て同様、ぱっくり縦に亀裂の入った下着からは肉色の突起が生えている。割れ目にディルドを咥え込んだまま、ルーはこの場に来ていたのだ。下卑たような嘲笑が起こる。
「どなたか、今宵初めてこの子を満足させてくれるお客様はいらっしゃいませんか? 誰でも構いません。大きさも太さも、なんでも結構。この子はどなたを相手にしてもきっと天国を見せてくれることでしょう。そう仕込みましたからね、時間をかけて、じっくりと…」
またばらばらと笑い声が起こって、我も我もと男たちが手を挙げる。見世物にされているルーはぼんやりと虚ろな瞳のまま、階下の喧騒を眺めている。まるで自分にはかかわりのないことであるかのように無関心に。セデュイールは唇を噛んで進み出る。まっすぐに背を伸ばして決然と歩む彼に男たちは道を空ける。どこか後ろめたいものを感じている男たちにとっては、こんな場で堂々と振舞うセデュイールに何か異様なものを感じているようだ。
「おや、君は…これは面白い。よく来てくれましたね。皆さん、彼はこの子の昔の恋人です。旧交を温め合う機を、彼に譲ってあげようではありませんか」
「これはいい、いい見世物だ。嫉妬に狂う美青年と、淫蕩な娼婦のまぐわいだ!」
「彼を通してやれ、これからいいものを見せてくれるんだ、しかも、無料でな!」
下品な空気を振りまいてげらげらと笑う声の間をセデュイールは進む。階段に足を載せ、跪いたルーに手を差し伸べる。
「来い、ルー」
「……」
差し伸べられた手にルーは少し躊躇って、縋るように傍らのテイラー氏を見上げる。頷く彼に後押しされて、ルーはセデュイールの手を取る。がくがく震える足でゆっくりと立ちあがる。近づいてきたセデュイールはルーの手を取ったまま、その場でぎゅうと抱きしめた。
ヒュウと口笛が上がる。後ろに回したセデュイールの手はゆっくりと、ルーを傷つけぬようディルドを引き抜いてから、無造作に放り棄てる。ごろごろと、潤滑液に塗れたディルドが階段を転がり落ちていく。
「歩けるか、ルー」
「……」
ルーは何が起こったのかわからないような顔でセデュイールを見上げる。金の睫毛がぱたぱたと瞬く。風に揺れる稲穂のようなブロンドの長い前髪の間から、こわごわと覗く。
何も言えないルーをセデュイールは抱え上げる。屈みこんで膝の後ろに手を差し入れ、背をしっかりと支えてひょいと持ち上げ、そのまま階下へ移動する。
男たちの生垣が自然に割れて彼らは広間の中央に据えられた長椅子に導かれる。赤いビロードが張られたその椅子にセデュイールはそっとルーを下ろし、その上に覆いかぶさった。




