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《宇宙戦艦x艦橋xコメディ》ブリッジ・オブ・カオス〜銀河を救ったのは、たぶん私情と職業病〜  作者: ざつ


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第4話「カーティスとバレット」

 オリヴィア・カーティス少佐が着任して2日目の朝、ブリッジの空気は昨日と違う意味で微妙だった。


 正確に言うと、オリヴィア・カーティス少佐着任以降、ブリッジの空気はずっと微妙だった。ただ昨日と今日では微妙さの質が違う。昨日は「査察官がいる」という緊張だったが、今日は「あの2人、姉弟だよな」という確信がじわじわと全員に浸透しつつある、そういう微妙さだった。


 誰も口には出さなかった。出せなかった。


 オリヴィアは今日も書類を抱えてブリッジの隅に陣取り、淡々と監査を続けている。レオンは操舵コンソールに座ったまま、いつもより少しだけ背筋が伸びていた。


 アランはその様子を眺めながら、エレナの背中に話しかけた。


「ねえ、カーティスって旧姓かな。それとも——」


「仕事中です」


「いや、ちょっと気になって」


「艦長が気にすることではありません」


 アランは口を閉じた。エレナはすでに次の書類を処理していた。


 三角関係が動き始めたのは午前10時ごろだった。


 レーダー担当のトビーが、となりの分析官クロエに話しかけた。


「クロエさ、昨日の戦闘でさ、俺ちゃんとミサイル追跡してたじゃん。どうだった」


「73点」クロエはタイピングを止めずに答えた。


「辛くない?」


「事実です」


「じゃあ今夜、俺の操作ログ一緒に見てくれない?2人で」


「なぜ2人で見る必要があるんですか。データは一人で見られます」


 トビーが言葉に詰まった瞬間、クロエが突然、通信士席に顔を向けた。


「マリア、今夜空いてる?」


 通信士マリア・ベルがヘッドセットを押さえながら振り返った。


「え、あ、はい——」


「じゃあ一緒にご飯食べよう」


 クロエはそれだけ言って、またタイピングに戻った。


 マリアは引きつった笑顔で「……はい」と答えた。断れなかった。気弱な自分が憎かった。クロエからの誘いはいつもこうだ。唐突で、有無を言わさない。怖い、というのが正直なところだった。ただ面と向かってそれを言える気がしない。


 トビーは傷ついた顔で前髪を直した。現実逃避だった。


 その瞬間、マリアはトビーの横顔を見た。


 困ったような、それでいて真剣な表情。仕事中によく見せるあの顔だ。マリアはヘッドセットを直しながら、そっと視線を逸らした。胸の奥で何かが動いた。


 トビーはクロエを見ていた。マリアはそれを知らなかった。


 午後、砲雷長バルドが腕を組んで欠伸をした。


「なあシド、今日の出力は」


「触らないでください」機関モニターのシドが即座に答えた。「昨日の急機動でエネルギー炉に——」


「微細なひずみ、だろ。毎回同じだな」


「毎回あるんです」


 2人がいつもの口論を始めたのを横目に、アランはコーヒーを持ってなんとなく操舵コンソールの近くを通りかかった。


 レオンが窓の外を見ていた。宇宙の暗闇に、星がある。


「なあ、レオン」アランは声をかけた。「カーティスって、お母さんの旧姓?」


 レオンは少し間を置いた。


「親父の名前っす」


「お父さんが? でもオリヴィア少佐は——」


「姉さんは親父と仲が悪かったんで、軍に入るとき名前変えたんす。母親の旧姓に」アランが何か言う前に、レオンは続けた。「俺は別に、仲悪くもなかったんで、そのままっす」


 アランはコーヒーを1口飲んだ。


「仲が悪い理由って——」


「知らないっす」レオンはあっさり言った。「姉さんが話したくなさそうだから聞いたことないっす」


「……そっか」


「でも」レオンが少し笑った。「昨日、余裕っすって言ったら信じてくれたんで。まあいいっす」


 アランは何も言わなかった。


 廊下の向こうで、オリヴィアが書類を抱えて歩いていくのが見えた。こちらには気づいていない。その背筋は、ブリッジにいる時と変わらず、まっすぐだった。


「艦長」レオンが前を向きながら言った。「姉さんのこと、あんまり詮索しないでやってくださいっす」


「しないよ」アランは言った。「俺、そういうの苦手だから」


「知ってるっす」


 2人でしばらく窓の外を見た。


 ゴンザレスが後ろを通り過ぎた。コーヒーのおかわりをアランの手元にそっと置いて、また消えた。


 夕刻、ブリッジが落ち着いた頃。


 クロエが席を立ってマリアのコンソールに近づいた。


「今夜、食堂で待ってます」


「あ、はい……」


「マリアは笑顔が世界で一番きれいです」


「え——」


「統計的に算出しました。誤差0.3%以内です」


 マリアは愛想笑いを張り付けたまま固まった。怖い。数式で口説いてくる人間が怖い。


 トビーがその会話を聞いて立ち上がりかけた。何か言おうとした。クロエがちらりとトビーを見た。


「なんですか」


「いや……クロエってさ、マリアさんのこと——」


「好きですよ」クロエは即答した。「あなたには関係ありません」


 トビーは座り直した。


 マリアはヘッドセットの向こうで本部からの定期通信を処理しながら、視線だけをトビーに向けた。また真剣な顔をしている。仕事中のあの顔だ。


 トビーはクロエを見ていた。


 マリアはため息をついて、通信パネルに向き直った。


 アランはその一部始終を見ていた。ブリッジというのは密室だ。全部見える。全部聞こえる。艦長というのは孤独な仕事だとつくづく思う。


 エレナが振り返らずに言った。


「関係者以外は静粛に」


「俺、何も言ってないけど」


「顔に出てます」


 アランは前を向いた。


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