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《宇宙戦艦x艦橋xコメディ》ブリッジ・オブ・カオス〜銀河を救ったのは、たぶん私情と職業病〜  作者: ざつ


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第2話「撃ちたい男と、回したくない男」

 『アルテミス』が前線第一宙域に到着して72時間が経過した。


 その間、砲雷長バルド・ガトリングは1発も撃っていない。


「シド」


「ダメです」


「まだ何も言ってない」


「どうせ主砲でしょう。ダメです。昨日のワープ2回でエネルギー炉に微細なひずみが——」


「微細なひずみ」砲雷長バルドは低い声で繰り返した。「それ、前も言ってたな」


「言いました。無視されましたが」機関モニターのシド・ワットは目の下のクマをさらに深くしながら答えた。


 左舷の射撃管制コンソールと右舷の機関コンソール、2人の声がブリッジに満ちる。間に挟まれたレーダー担当のトビー・マクミランが、うんざりした顔でとなりの席を見た。分析官のクロエ・シュレーディンガーは何かを猛烈にタイピングしていて、こちらに気づく様子がない。


 艦長席では、アラン・スターフィールドが報告書を読むふりをしながら現実逃避していた。副艦長エレナ・クロフォードは背中を向けたまま、3枚目の書類を処理している。今朝は7分ではなく4分の遅刻だったが、エレナは何も言わなかった。それがなぜか、ひどく居心地悪かった。


「シド」砲雷長バルドがもう1度呼んだ。「センサーに反応がある。小型艦2隻、距離12万」


 機関モニターのシドがコンソールを確認する。


「……戦闘艦じゃないですね。民間の輸送船かもしれない」


「かもしれない、じゃなくて確認しろ」


「確認中です。その間は絶対に撃たないでください」


「わかってる」


「本当にわかってますか」


「わかってると言ってる!」


 通信士のマリア・ベルが申し訳なさそうに2人の間に割って入った。


「あの、輸送船からの通信が入ってます。民間の食料輸送船みたいで、護衛を要請したいと——」


「民間か」バルドが露骨に興味を失った。「撃てないじゃないか」


「撃つつもりだったんですか」通信士マリアが引いた。


「確認する前に撃ったら困ります」シドが半眼で言った。「そういうところですよ、あなたは」


「撃ってないだろうが」


「気持ちが顔に出てました」


 アランは報告書から目を上げた。このまま放置すると1時間は続く。経験則だ。


「護衛、引き受けましょう。バルドくん、護衛ルートの——」


 警報が鳴った。


 今度は低くうなるような音だった。


「敵影!」レーダー担当のトビーが前髪を忘れて叫ぶ。「正面、距離4万!突然現れました、ステルス艦です!」


「数は」副艦長エレナが即座に振り返る。


「1隻——いや、3隻!ステルス解除してきました!」


 砲雷長バルドの目が爛々と輝いた。


「艦長!今度こそ撃っていいですよね!射程内です、主砲なら3隻まとめて——」


「エネルギー出力60%です!」機関モニターのシドが叫んだ。「その出力で主砲を撃ったらエネルギー炉への負荷が——」


「撃たないと沈むだろうが!」


「沈む前に炉が過負荷で止まります!」


「どっちにしろ詰みじゃないか!」


「だから無駄撃ちしてきたんですよあなたが!エネルギーを温存しておけば——」


 2人が立ち上がった。バルドは射撃管制パネルに手を伸ばし、シドは機関コンソールから身を乗り出す。


「撃つ」


「出力を落とします」


「撃つ」


「落とします」


「撃つと言ってる!」


「落とすと言ってます!」


 副艦長エレナが額に手を当てた。胃薬を取り出し、また仕舞った。薬より強い何かが必要な気がした。


「2人とも——」アランが立ち上がりかけた瞬間、シドが機関コンソールを叩いてエンジン出力を40%まで絞った。


 艦がぐん、と減速する。


 バルドが主砲の発射ボタンを叩いた。


 エネルギーが通らない。主砲が唸りを上げて、沈黙した。


「撃てないじゃないか!」


「だから言いました!」


「お前が出力を落としたから——」


「落とさなかったら炉が止まってました!」


 その10秒の間に、敵のステルス艦3隻は最終照準を完了させていた。


 そして、何も起きなかった。


 レーダー担当のトビーが首を傾けた。


「あれ……敵艦、止まってます」


「止まってる?」副艦長エレナが前を向く。


「なんか、ぐるぐる回ってます。3隻とも」


 分析官のクロエが初めてタイピングを止めた。データを見て、眉をひそめる。


「ステルス航行中に急減速した物体が目の前に現れた形になってます。敵の追尾システムが誤作動を……というか、完全にフリーズしてますね。ステルス状態の物体は追尾できない設計なのに、突然実体化したように見えて——」


「つまり」副艦長エレナが静かに言った。


「神業のステルス機動だと思ったんじゃないですかね、敵は」クロエが淡々と続けた。「自ら出力を落として慣性だけで滑走し、敵の索敵システムの盲点に入り込む。理論上は存在する戦術ですが、実際にやる艦は——」


「シドくん」アランが言った。


「……はい」


「ナイス判断」


 シドは複雑な顔をした。褒められた理由が、正しくなかった。


 バルドが仁王立ちのまま、動けなくなっている敵艦3隻を見つめた。


「……撃っていいですか。今なら外しませんが」


「エネルギーが」シドが即座に言った。


「わかった、もういい」


 バルドが席に座った。人生で最も不満そうな顔だった。


 結局、動けなくなった敵艦3隻は後続の僚艦が回収した。その頃にはエンジン出力も戻っていたが、バルドはもう何も言わなかった。


 通信パネルに、また信号が来た。


『ステルス機動による無力化、見事な判断でした。旗艦の練度、恐れ入ります』


 アランは曖昧に返事をした。副艦長エレナは4枚目の書類を処理し始めた。


 ゴンザレスが、左舷と右舷の間——ちょうどバルドとシドの怒鳴り合いが激しかった辺り——の床を念入りに磨いていた。いつからそこにいたのかは、誰も知らない。


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