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《宇宙戦艦x艦橋xコメディ》ブリッジ・オブ・カオス〜銀河を救ったのは、たぶん私情と職業病〜  作者: ざつ


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第1話「旗艦出撃!……したくない」

 西暦2207年。銀河連邦軍辺境第三艦隊の旗艦『アルテミス』のブリッジは、今日も平和だった。


 少なくとも、ここ5分間は。


「ゴンザレス、そこちょっとどいてくれる?」


 艦長アラン・スターフィールドは、操舵コンソールの前にしゃがみ込んでいる初老の男に声をかけた。男——ゴンザレスは振り返りもせず、モップを左から右へと滑らせ続けている。旗艦の艦長に話しかけられていることなど、最初から聞こえていないかのように。


 アランは苦笑いして、迂回した。ゴンザレスがブリッジに配属されてもう3年になるが、未だに彼の存在理由がよくわからない。医療ポッドが怪我も病気も診てくれる時代に、コックも自動調理システムが賄っている時代に、なぜ旗艦に人間の清掃員がいるのか。人事部に問い合わせた同僚が「記録が存在しない」と言って青い顔で戻ってきたのを、アランはなんとなく覚えていた。


 ブリッジは半円形で、中央奥の1つだけ高くなった艦長席を頂点に、前方に向かって各担当のコンソールが扇状に並んでいる。艦長席のすぐ前、背中を向ける形で副艦長のエレナ・クロフォードが座っていた。結い上げた黒髪、背筋の伸びた姿勢。3年前に離婚した元妻が、毎朝この背中を見せている。


 アランが自分の席に座ると、エレナはこちらを振り向かないまま言った。


「遅刻です、艦長。7分」


「いや、ちょっとコーヒー——」


「艦長席への飲食物持ち込みは規則違反です」


 アランは手に持っていたカップをそっとコンソールの端に置いた。エレナはまだ前を向いている。


 左舷前方、砲雷長のバルド・ガトリングが分厚い腕を組んで欠伸をしていた。190cmの巨体が椅子からはみ出している。その真向かい、右舷でコンソールにもたれて目の下に濃いクマをつくっているのが機関モニターのシド・ワットだ。2人の間の距離はおよそ10メートル。その10メートルが、常にぴりぴりしていた。


「シド」バルドが欠伸の後で言った。「今日の出力どんくらい出る」


「やめてください、昨日のワープで相当無理させたんです。今日は安静にしてあげてください」


「戦艦に安静ってなに」


「あるんですよ!」


 レーダー担当のトビー・マクミランは2人の声を右から左に聞き流しながら、前髪を直していた。そのすぐ隣で分析官のクロエ・シュレーディンガーが何かを猛烈な速さでタイピングしている。トビーはちらっとクロエの横顔を見た。また見た。


 通信士のマリア・ベルが、ヘッドセットを押さえながら小声で「本部からの定期通信が——」と言いかけた瞬間だった。


 警報が鳴った。


 ブリッジ全体が赤く染まり、コンソールが一斉に別の情報を映し出す。


「敵影!右舷45度、距離8万!巡洋艦3隻、駆逐艦6隻!」


 トビーが前髪から手を離して叫んだ。その声に、バルドの目が輝いた。


「よし、撃ちましょう艦長!主砲の射程内です!」


「ちょっと待って待って」アランが立ち上がった。「まず状況確認。みんなはどう思う?」


 エレナがゆっくり振り返った。その顔に、アランはすこし後悔した。


「『みんなはどう思う』?」


「いや、あの、民主的に——」


「敵の先頭艦が射撃体勢に入りました」マリアが震える声で言った。「距離6万5000——」


「逃げましょう」アランが言った。「右に、いや左に。どっちでもいいです、とにかく!」


 エレナの声が、1段低くなった。


「艦長。旗艦が逃げれば、後続の艦隊も崩れます」


「でも生きてたほうが——」


「そうやってすぐ逃げる!昔から!」


 アランは口をつぐんだ。


「何かあったら正面から向き合わずに横を向く!辺境勤務を志願したのだって、本部にいると私に顔を合わせるからでしょう!」


「それはちょっと違う話では——」


「違わない!あなたが家のローンから逃げた時もそう!仕事から逃げた時もそう!」


「エ、エレナさん、それ全艦に——」マリアが蒼白になって通信パネルを指さした。


「今はそれどころじゃない!あなたというひとは昔から決断というものができない、戦場だろうがどこだろうが!右に逃げるな、正面を向け、主砲を構えなさい、いい加減にしなさい!」


 ブリッジが静まり返った。


 警報だけが鳴り続けている。


「……艦長」シドが引きつった顔で言った。「全艦隊への通信チャンネル、最初から開きっぱなしでした」


 全員がマリアを見た。マリアは消え入りそうな声で言った。


「す、すみません。本部からの定期通信を受けようとしたら——」


 沈黙。


 そして、通信パネルに後続艦隊からの信号が殺到し始めた。


『旗艦より全艦へ——右への回避を封鎖、正面突破、主砲構え。了解しました、ついていきます!』


『伝説の旗艦だ、あの采配……!正面から受けて立つつもりか!』


『主砲、構え!旗艦に続け!』


 艦隊が動いた。旗艦の号令だと信じて、90隻が一斉に前進した。


 突然の全艦隊正面突破に、敵艦隊が崩れた。各個撃破を想定した包囲陣が、想定外の真正面からの突入で機能しなくなる。混乱した敵の巡洋艦2隻が同士討ちし、残りが散開した。


 5分後、敵は撤退した。


 ブリッジにまた静寂が戻った。通信パネルには祝福の信号が積み上がっている。『鉄壁の旗艦』『伝説の采配』という言葉が何度も流れた。


 アランは自分の席に座ったまま、しばらく天井を見ていた。


 エレナは前を向いて、胃薬を1錠飲んだ。


 バルドが「1発も撃ててない」と不満そうに呟き、シドが「エンジンは無事です」と安堵のため息をついた。トビーはクロエの横顔を見ていた。


 ゴンザレスが、コンソールとコンソールの間の床を黙々と磨いていた。その手が止まり、アランの方へ歩いてくる。


 差し出されたのは、湯気の立つカップだった。


「……ありがとう」


 アランがコーヒーを受け取ると、ゴンザレスは何も言わずに戻っていった。床を磨きながら、どこかに消えた。


 通信パネルが、また輝いた。本部からだ。


『旗艦『アルテミス』の活躍を称え、次の作戦区域への進出を命ずる。辺境第三宙域より、前線第一宙域へ——』


 アランは、コーヒーを1口飲んだ。


「……みんな、ごめん」


 誰も何も言わなかった。それがせめてもの慰めだった。


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