表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《宇宙戦艦x艦橋xコメディ》ブリッジ・オブ・カオス〜銀河を救ったのは、たぶん私情と職業病〜  作者: ざつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/14

第10話「クレーマー(最終ボス)からの着信」

 それは突然やってきた。


 午前11時、通常の哨戒任務中のことだった。センサーが捉えた映像がメインモニターに映し出された瞬間、ブリッジ全員の動きが止まった。


 要塞だった。


 直径およそ80キロ。惑星と見紛うほどの巨大な球体が、宙域の向こうに浮かんでいた。表面には無数の砲台が並び、推進システムが青白い炎を噴いている。


「でかい」レオンが呟いた。


「でかいですね」トビーが呟いた。


「でかいです」シドが呟いた。「爆発したら——」


「しません」バルドが言った。「俺が先に撃つので」


「あれを主砲で撃つつもりですか」


「撃ちます」


「惑星を主砲で撃つ人間がいますか」


「います。俺が」


 副艦長エレナが要塞のデータを確認した。眉間を押さえた。胃薬を取り出した。今日は最初から3錠だった。


「敵の超巨大要塞『ゴルゴン』です」クロエが淡々と言った。「主砲の射程距離は我々の10倍、装甲厚は旗艦の200倍、搭載兵器は——」


「もういいです」アランが言った。


「まだ終わっていません」


「もういいです」


 クロエはタイピングを続けた。読み上げるのをやめただけだった。


 艦長席のアランは、要塞を見ていた。笑顔が、いつもよりわずかに引きつっていた。


 通信が入ったのは、全員が要塞を眺めたまま固まって3分が経過した頃だった。


「要塞から通信です」マリアがヘッドセットを押さえた。「繋ぎますか」


「……繋いで」エレナが言った。


 モニターに顔が映った。


 年齢は60代だろうか。白髪、深い皺、鋭い目。軍服の肩章が、画面越しでも重さを感じさせた。敵艦隊総司令官、ドルグ・ヴァイス元帥。その名前をクロエが小声で読み上げた瞬間、シドが「もうダメだ」と呟いた。


「銀河連邦軍旗艦『アルテミス』」ヴァイス元帥の声は低く、静かだった。「3分以内に投降せよ。さもなくば、要塞主砲の射程に入り次第、消し飛ぶのみだ」


 ブリッジが静まり返った。


 3分。


 全員がアランを見た。アランがエレナを見た。エレナがアランを見た。


 アランが笑顔のまま、白目を剥いて気絶した。


 艦長席から崩れ落ちるアランを、全員が見た。


「艦長!」トビーが叫んだ。


「医療ポッドを——」シドが立ち上がりかけた。


「気絶しているだけです」クロエが脈を確認して言った。「3分以内に意識が戻る確率は62%です」


「3分以内に投降しないと消し飛ぶんですが」バルドが言った。


「知っています」


 モニターの中でヴァイス元帥が眉をひそめた。


「……返答はないのか」


 全員が顔を見合わせた。


 マリアがヘッドセットを押さえた。誰かが答えなければならない。通信担当は自分だ。責任者は気絶している。エレナが何か言おうとしていた。


 マリアが口を開いた。


「お電話ありがとうございます、銀河連邦軍旗艦『アルテミス』でございます」


 エレナが止めようとして、止められなかった。


「ただいま責任者が席を——いえ、気絶しておりまして、大変申し訳ございません」


『気絶?』


「はい、誠に恐れ入ります。代わりにご用件をお伺いすることは可能でしょうか」


 ヴァイス元帥が止まった。


「……投降せよと言っている」


「投降についてのご要望ですね、承りました」マリアはメモを取るような仕草をした。「担当者が戻り次第、折り返しご連絡させていただきますので、ご連絡先を——」


「折り返しは不要だ。3分以内に——」


「3分以内でございますね」マリアが繰り返した。「ただいま担当者が不在のため、ご要望にお応えできる状況ではございませんが、こちらからご連絡できる時間帯はございますでしょうか」


 ヴァイス元帥が黙った。


 ブリッジで、誰も息をしていなかった。


「……貴艦は今、私が何を言っているかわかっているのか」


「はい、投降についてのご要望をいただいております」マリアは続けた。「ただ、責任者不在の状況でお約束することが難しく、ご不便をおかけして誠に申し訳ございません。よろしければ担当者からの折り返しをお待ちいただくか、改めてご連絡いただけますでしょうか」


「折り返しを——」ヴァイス元帥の眉が動いた。「貴様、要塞主砲の意味がわかっているのか」


「ご指摘はごもっともでございます。こちらの対応が至らず、ご不満をおかけして大変申し訳ございません」


「謝罪は不要だ!投降し——」


「少々お待ちください」


 保留音が流れた。


 宇宙空間に、のどかな管弦楽が響いた。


 ブリッジで、全員が固まっていた。


「マリアさん」エレナが静かに言った。「今、敵の総司令官を保留にしましたか」


「……はい」


「なぜ」


「ご不満が高まっていたので、一度落ち着いていただこうと——コールセンター時代の手順で」


 エレナは何も言えなかった。


 保留音が流れ続けた。1分。2分。


「繋ぎ直したほうがいいですか」マリアが不安そうに言った。


「待ちましょう」アランが言った。


 全員が振り返った。アランが艦長席から上半身を起こしていた。顔色は悪いが、目は開いている。


「気絶から戻ったんですか」トビーが言った。


「保留音で目が覚めた」アランが言った。「続けて、マリアさん」


「え、続けるんですか」


「うん」アランがまだ少しふらつきながら艦長席に座った。「なんかいい感じがする」


 エレナがアランを見た。呆れた顔だったが、何も言わなかった。


 保留音が3分流れたところで、マリアが繋ぎ直した。


 ヴァイス元帥の顔が映った。


 様子が違った。先ほどの静かな威圧感が、どこかに消えていた。目が泳いでいた。


「……責任者は戻ったか」


「大変お待たせいたしました」マリアが答えた。「ただいま責任者が——」


 全員がアランを見た。アランがエレナを見た。エレナが胃薬を取り出した。


「——まだ体調が優れないようで、引き続き私がご対応させていただきます」


「体調が——」ヴァイス元帥が止まった。「先ほど気絶したと言っていたな」


「はい、誠に申し訳ございません」


「なぜ気絶した」


「それは——」マリアが少し考えた。「お答えが難しい状況でございます」


「要塞主砲を前にして、なぜそんなに落ち着いているんだ」


「ご不便をおかけしていることへのお詫びを最優先にしております」


「……精神操作の罠か」ヴァイス元帥が呟いた。「余裕を見せることで我々を——」


「そのようなことは——」


「気絶した振りをして、こちらの判断を狂わせる作戦か」


「いえ、本当に気絶していまして——」


「なぜ保留音を流した。あの音に何か仕掛けがあるのか」


「いえ、コールセンター時代に使っていた曲で——」


「コールセンター!?」ヴァイス元帥の目が揺れた。「それも撹乱か。まさか貴艦の乗員は全員が——」


 クロエが小声で言った。「疑心暗鬼に陥っています。深読みのループに入った」


 エレナが小声で返した。「放置しなさい」


 ヴァイス元帥が独り言を言い始めてから10分後、要塞から警告音が響いた。


「要塞の主砲システムにエラーが発生しています!」トビーが叫んだ。


「原因は」エレナが聞いた。


「主砲のチャージを開始したまま発射命令が出なかったため、エネルギーが飽和状態に——攻撃を躊躇し続けた結果、主砲がチャージ過多でシステムエラーです!」


 クロエが淡々と言った。「発射しなければエネルギーが逃げ場を失います。躊躇している間にチャージが限界を超えた」


「つまり」アランが言った。


「考えすぎて自滅しました」


 要塞の主砲システムが沈黙した。砲台が次々と停止していく。


 ヴァイス元帥がモニターの向こうで、信じられないものを見る顔をしていた。


「……まさか、これも計算のうちか」


「お客様」マリアが答えた。「この度はご不便をおかけして誠に申し訳ございませんでした。担当者より改めてご連絡させていただきますので——」


『うわあああ』


 通信が切れた。


 ブリッジが静まり返った。


「撃てませんでしたね」バルドが呟いた。


「無事です」シドが呟いた。「エンジンも要塞も爆発しなかった」


「爆発してほしかったんですか」バルドが聞いた。


「してほしくなかったです」


 通信パネルに僚艦からの信号が殺到した。


『旗艦、要塞主砲を無力化!一体どうやって——』


『敵総司令官を精神的に追い詰めるとは、旗艦の戦術は次元が違う』


 アランは曖昧に返事をした。エレナは胃薬を飲んだ。マリアは深々と頭を下げた。


「本当に申し訳ありませんでした」


「結果オーライです」アランが言った。


「今回ばかりは」エレナが珍しく言った。「結果オーライで構いません」


 マリアが顔を上げた。エレナが「構いません」と言った。それだけで今日は十分だった。


 ゴンザレスが要塞からの通信で緊張していたクルーが歩き回ってついた足跡を、黙々と磨いていた。コーヒーを一杯、マリアの通信士コンソールの端に置いた。


 マリアは少し驚いて、コーヒーを受け取った。


 ゴンザレスは何も言わずに戻っていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ