4.彼岸と此岸
喉が痛い。違和感があって、つらい。
「ごめんね」
長い濡れ羽色の髪が、目に留まる。珍しいな、そういえば。
大学生なんて染めてなんぼ、みたいな風が潮流が流れているというのに。かくいう俺も髪は傷みきっており、黒髪の方が似合うんだよねーと休ませようかなんて検討しているのである。
首を傾げ、こちらの様子を窺っている姿が目に入って、思考を占拠されそうだ。俺の思考を奪うなんて、認めない、認められない。
「大丈夫?昨日も結構飲んでたもんね」
そうだ、俺とこの女の関係をはっきりさせなくてはいけない。思い出せるのは、耳元のこそばゆさと、あの温度だけだ。
「あー、おれ、なんも覚えてなくてさ」
へらへらと話しかける。我ながら、切り出し方に羞愧を感じた。
「うん」
相槌に苛立ちを覚え、
「なにが……いやー、あなたのことも、実はうろ覚えだったりして」
と。
「うろ覚え?そっかー、じゃあ、名前で呼んでくれないのも……そっか」
名前?なにがあったんだよ、昨日。
「え、えー、本当?それ」
ふっと笑う女。女の顔が、世界の中心に感じてしまいそうだった。
笑中に刀あり、だろどうせ……俺が関わる女は大体、笑面夜叉だ。
「紗織って呼んでくれたら、教える」
……退かねぇのな。
「あー、紗織。俺たちってどんな関係なんだ……?」
ぱちっと目が合い、紗織の脣が動く。
「ともだち……まだ」
心の臓が跳ねるのを感じて
「へ、へぇー」
と似つかわしくない返事が喉を通っていった。
どうかこれは、間抜けの空騒ぎであってほしい。俺の心は、来たる寒さに怯え、腕を摩る秋日のようで、暑さはこれからな状況とは、酷く乖離していた。




