守る意味
戦場の圧が、一段と重くなる。
エスターの一言を境に、怪物たちの動きが変わっていた。無秩序だった暴走が消え、まるで統率された軍のように、隙なく押し寄せてくる。前線が、明らかに押され始める。ハイジの炎が爆ぜても、その奥からすぐに次が現れる。ジェイドの剣も、処理に追いつかない。ダニーの拳も、止まる瞬間が増えていく。完全に“崩されにきている”動きだった。
その中で、フィアの結界が広がっている。水色の光が、仲間たちの後ろを支えるように展開されていた。だが、その表面に小さなヒビが入り始めている。
カリンが、その上から見下ろしていた。霧の中に座るように浮かびながら、楽しそうに戦場を眺めている。その視線が、ゆっくりとフィアに向く。
「まだやってるんだ」
フィアは顔を上げる。逃げない。結界を維持したまま、カリンを見つめる。
「うん」
カリンはくすっと笑う。
「壊れそうなのに?」
その言葉の通りだった。結界は確実に削られている。さっきよりも、明らかに負担が大きい。
フィアは少しだけ息を整える。
「そうだねぇ」
カリンは首を傾げる。
「なんで?」
少しだけ間があく。戦場の音が遠くで鳴っている。その中で、フィアはゆっくり言う。
「まだ、終わってないから」
カリンの表情がわずかに止まる。
「終わるよ」
軽い声で言う。
「どうせ全部」
「守っても、意味ないよ」
その言葉が、少しだけ深く刺さる。
フィアの胸の奥に、あのときの違和感が蘇る。自分は守っているだけ。誰かを倒す力はない。前に出る力もない。ただ、後ろで支えているだけ。
それでも。
フィアはゆっくり首を振る。
「わかんないけど」
声はやわらかいまま。
「やめたくないんだよねぇ」
カリンの眉がわずかに動く。
「なんで?」
フィアは少しだけ笑う。
「だって」
視線を少しだけ横に向ける。ノエリアが戦っている。何度も倒れそうになりながら、それでも前に出ている。
「がんばってる人がいるから」
カリンの目が揺れる。
フィアは続ける。
「それを見てるとねぇ」
結界の光が、少しだけ強くなる。
「守りたくなるの」
その言葉は、静かだった。でも、揺れていなかった。
次の瞬間、カリンの表情が変わる。
笑っていない。
「……そっか」
ゆっくり立ち上がる。
霧が大きくうねる。
「じゃあ」
視線が鋭くなる。
「壊すね」
黒い霧が一気に流れ込む。今までよりも濃い。重い。怪物が一斉にフィアの結界へ殺到する。
ドン!!ドン!!ドン!!
衝撃が連続する。
結界にヒビが走る。
フィアの足が一歩下がる。
それでも、止まらない。
「……っ」
息が少し乱れる。
だが、目は逸らさない。
カリンが指を振る。
「まだまだ」
さらに怪物が増える。
完全に、押し潰すつもりの量だった。
結界がきしむ。
ミシ……ミシ……
ヒビが広がる。
(……壊れる)
分かる。
もう限界が近い。
それでも。
フィアは、手を下ろさない。
「……まだ」
小さく呟く。
「終わってないよぉ」
その瞬間だった。
水色の光が、一瞬だけ強く揺れる。
結界の質が変わる。
ただの防御ではない。
“包み込む”ような光に。
怪物の衝撃を、弾くのではなく、流す。
ドン、という音が、少し軽くなる。
カリンの目が見開かれる。
「……え?」
フィア自身も驚いていた。
(今の……)
でも、止めない。
感覚のままに、維持する。
結界が広がる。
さっきよりも、少しだけ広く。
少しだけ強く。
ノエリアがそれに気づく。
(フィア……!)
ダニーも叫ぶ。
「耐えてる!」
ハイジが笑う。
「いいじゃん!」
ジェイドの視線も変わる。
戦場の流れが、ほんの少しだけ戻る。
カリンはしばらく黙っていた。
そして、小さく笑う。
でも、その笑いはさっきとは違う。
「……むかつくなぁ」
少しだけ、低い声。
「そういうの」
フィアは首をかしげる。
「そう?」
カリンは視線を逸らす。
「意味ないって言ってるのに」
フィアは少し考えてから言う。
「うん」
「でも」
少しだけ、笑う。
「意味あったよ」
カリンの動きが止まる。
「え?」
フィアは結界の中を見る。守れている。確かに、仲間が立っている。
「守れたから」
その言葉は、とても単純だった。
でも、それだけで十分だった。
カリンは何も言わない。
ただ、じっとフィアを見ている。
その目が、ほんの少しだけ揺れていた。
戦場の中で、水色の光が静かに広がっていた。
守るという選択が、確かにそこに存在していた。




