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適正値ゼロのリミィジュ  作者: 柑橘みかん


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光の記憶

夜は深くなっていた。


学園の灯りもほとんど消え、静けさだけが広がっている。


その中で、ノエリアは一人、屋上にいた。


冷たい風が、頬を撫でる。


遠くに見える森は、もう黒い塊にしか見えなかった。


あそこから、あの人たちは来る。


また。


確実に。


ノエリアは手すりに軽く触れる。


指先が、少し震えている。


(……怖い)


正直な気持ちだった。


エスターの姿を思い出す。


あの圧。


あの視線。


一歩踏み出されるだけで、世界が変わる感覚。


勝てる気なんて、しない。


でも。


それでも。


(行かなきゃ)


その気持ちだけは、消えなかった。


ノエリアはゆっくり目を閉じる。


胸の奥に意識を向ける。


あのときの光。


あの瞬間。


触れたもの。


(どこ……)


探す。


何度も。


何度も。


けれど――


見つからない。


さっきまで確かにあったはずなのに。


掴めない。


(なんで……)


少しだけ焦りが滲む。


そのときだった。


『ノエリア』


声がした。


優しくて、少しだけ懐かしい声。


ノエリアは目を開ける。


目の前に、小さな光が浮かんでいた。


淡く、やわらかい光。


ゆっくりと形を持つ。


小さな存在。


ベルだった。


ノエリアは息を呑む。


「……ベル」


声が少し震える。


ベルはふわりと浮かびながら、ノエリアを見ている。


その瞳は、昔と同じだった。


『久しぶり』


ノエリアの胸が締め付けられる。


言葉が、すぐには出てこない。


七歳の頃。


ずっと一緒にいた存在。


でも――


いなくなった。


自分が、自信を失ったあの日に。


ノエリアはゆっくり口を開く。


「……ごめん」


自然に出た言葉だった。


ベルは少しだけ首をかしげる。


『なんで?』


「だって」


言葉が詰まる。


「私……」


目を伏せる。


「あのとき、逃げたから」


守れなかった。


怖くなった。


自分を信じられなくなった。


全部、分かっている。


ベルはしばらく何も言わなかった。


ただ、静かに見ている。


やがて、ふわりと近づく。


ノエリアの前に浮かぶ。


『ねぇ』


優しい声。


『あのときのこと、覚えてる?』


ノエリアは少しだけ目を閉じる。


思い出す。


あの日。


小さな誰かを助けようとして。


でも、怖くなって。


動けなくて。


そのまま、力が消えた。


「……覚えてる」


ベルは頷く。


『じゃあさ』


少しだけ声が変わる。


『なんで、今ここにいるの?』


ノエリアの目が開く。


「……え?」


『逃げたままなら』


『ここにいないよね』


ノエリアは言葉を失う。


確かに。


あのままなら。


何もできなかった自分のままなら。


ここにはいない。


ベルは続ける。


『君は』


『また立った』


その言葉が、静かに落ちる。


『何回も』


『怖いのに』


『逃げたくなるのに』


ノエリアの胸が揺れる。


ベルの光が、少し強くなる。


『それってさ』


ほんの少し笑う。


『弱いのかな』


ノエリアは、首を振ることができなかった。


でも。


否定もできなかった。


ベルは言う。


『グランドリミィジュってね』


少しだけ間を置く。


『完璧な人じゃないよ』


ノエリアの呼吸が止まる。


『一番、折れそうになる人』


『でも』


光がゆっくり広がる。


『それでも立つ人』


その言葉は、静かに、でも強く響いた。


ノエリアの中で、何かがほどける。


(……私)


今まで。


“強くならなきゃ”と思っていた。


怖くなくならなきゃ。


迷わなくならなきゃ。


でも。


違う。


(怖くてもいいんだ)


そのままで。


それでも。


立てばいい。


そのとき。


胸の奥で、光が揺れる。


さっきより、はっきりと。


あたたかく。


優しく。


ベルが小さく笑う。


『見つけた?』


ノエリアはゆっくり頷く。


「……うん」


まだ小さい。


でも、確かにある。


「ここにあった」


胸に手を当てる。


ベルは満足そうに頷く。


『それが、君の光』


ノエリアは空を見る。


星が静かに瞬いている。


(次は)


剣を握る。


「ちゃんと使う」


その声は、今までで一番落ち着いていた。


ベルは少しだけ後ろに下がる。


光が薄くなる。


『次は』


静かな声。


『一緒に戦える』


ノエリアの目が揺れる。


「……うん」


その約束は、言葉以上に重かった。


風が吹く。


光がふっと消える。


でも。


今度は違う。


消えたんじゃない。


“戻った”だけだと、分かる。


ノエリアは一人、屋上に立つ。


でも、もう一人じゃない。


胸の奥に、確かにある。


その光を感じながら。


静かに、次の戦いを見据えていた。

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