意味の行き先
夜の空気が、ゆっくりと変質していく。
さっきまで穏やかだった風が止まり、学園全体に重たい圧が降りてきた。
遠くの森の奥。
黒い霧が、まるで呼吸するように膨らんでいる。
それは“前触れ”ではなかった。
もう、始まっている。
「来るぞ」
ジェイドの低い声が響く。
その瞬間、地面がわずかに震えた。
次の瞬間だった。
ドォン――!!
空間が裂けるような音とともに、学園の外周に黒い霧が一気に流れ込む。
前よりも速い。
そして濃い。
中庭の端、結界の境界が歪む。
「全員、配置につけ!」
ウィリアムの声が響く。
冷静だが、今回は明らかに緊急性が違う。
ノエリアは剣を握る。
胸の奥がざわつく。
(でも)
さっきとは違う。
足が動く。
フィアがすぐ隣に来る。
少しだけ笑っていた。
「いこっか」
ノエリアも頷く。
「うん」
次の瞬間、霧の中から影が飛び出した。
怪物。
だが、前よりも大きい。
形も歪で、重い圧を持っている。
「グォォォ……!!」
地面を踏み砕きながら、突進してくる。
ハイジが前に出る。
「任せろ!」
炎が爆発する。
蹴りが叩き込まれる。
ドォン!!
怪物が吹き飛ぶ。
だが――
倒れない。
そのまま体勢を立て直し、再び襲いかかる。
ハイジの表情が変わる。
「硬っ……!」
ジェイドがすぐに横から入る。
剣が閃く。
核を狙う。
しかし。
ガン、と鈍い音。
弾かれる。
「……強化されてる」
短く呟く。
前よりも、明らかに“上”だった。
そのとき、別方向から声が響く。
軽く、楽しそうな声。
「やっぱり来たね」
カリンだった。
霧の上に座るように現れる。
足をぶらぶらさせながら、戦場を見下ろしている。
「今回はちょっと強めにしてみたよ」
その目が、ゆっくりとフィアを捉える。
「ねぇ」
笑う。
「まだやるの?」
フィアはその視線を受け止める。
一瞬だけ、胸が揺れる。
あの言葉。
“意味ないよ”
頭の奥で、まだ消えていない。
それでも。
フィアは一歩前に出る。
「うん」
静かな声。
でも、はっきりしていた。
カリンが首を傾げる。
「なんで?」
フィアは少しだけ考える。
すぐには答えない。
その間にも、怪物が迫る。
ノエリアが剣を構える。
「来るよ!」
フィアは頷く。
結界を広げる。
水色の光が、空間を包む。
怪物の攻撃がぶつかる。
ドン!!ドン!!
衝撃が走る。
だが――
今回は、崩れない。
フィアの足は下がらなかった。
カリンの目が少しだけ変わる。
「……あれ?」
フィアはそのまま言う。
「わかんないけど」
少し笑う。
「やってみたいの」
その言葉は、不完全だった。
でも、本音だった。
カリンの表情から、笑みが少し消える。
「……意味ないよ」
フィアは首を振る。
「かもねぇ」
優しい声。
「でも」
少しだけ強くなる。
「決めるの、あとでいいかなって」
その瞬間。
結界の光が少しだけ強くなる。
ノエリアが横で気づく。
(フィア……)
カリンはしばらく黙っていた。
それから、小さく笑う。
「そっか」
立ち上がる。
霧が揺れる。
「じゃあさ」
目が細くなる。
「壊してあげる」
次の瞬間。
黒い霧が一気に流れ込む。
怪物が増える。
一気に、数が倍になる。
ハイジが叫ぶ。
「ふざけんな!!」
炎が爆発する。
ジェイドも動く。
だが、処理が追いつかない。
ダニーが飛び出す。
「来いよ!!」
拳を叩き込む。
だが、一体倒す間に、もう二体来る。
完全に、押され始めていた。
ノエリアはそれを見ていた。
(また……)
同じ状況。
押される戦場。
守りきれない流れ。
胸が締め付けられる。
でも。
今回は、違う。
フィアが前にいる。
崩れていない。
踏みとどまっている。
(だったら)
ノエリアは踏み出す。
剣を握る。
「行く!」
フィアが少しだけ笑う。
「うん」
その声は、安心させるものだった。
ノエリアは怪物へ向かう。
踏み込む。
振る。
まだ荒い。
でも。
止まらない。
ダニーが横で叫ぶ。
「ノエリア!」
拳を振るう。
少しだけ、動きが変わっていた。
さっきよりも、前に出ている。
ハイジが笑う。
「いいね!」
炎が広がる。
ジェイドがその隙を切り裂く。
戦場が、少しだけ持ち直す。
だが。
上空から、それを見ている影があった。
カリンではない。
さらに奥。
霧の深い場所。
静かに立っている。
白い髪。
エスター。
その目が、まっすぐノエリアを見ている。
「……まだ」
小さく呟く。
「足りない」
その瞬間。
空気が変わる。
戦場の温度が、一段下がる。
誰もが気づく。
(来る)
本物が。
ノエリアの胸が強く鳴る。
でも。
目は逸らさない。
その先に――
次の“絶望”が、降りてこようとしていた。




