揺れる光
夜の訓練場には、まだ金属音が残っていた。
カン、カン、と乾いた音が響く。
ノエリアの剣が、何度も弾かれている。
息は荒い。
腕も重い。
それでも止まらない。
踏み込む。
振る。
弾かれる。
その繰り返しだった。
「……まだだ」
小さく呟く。
何度目かも分からない。
ただ、さっきの一瞬。
あの光をもう一度掴みたかった。
ジェイドは静かにそれを受け続ける。
無駄な動きはない。
最小限の力で、すべてをいなす。
「力じゃない」
ふと、言う。
「思い切りでもない」
ノエリアの剣が止まる。
ジェイドは続ける。
「迷いが消えた瞬間だ」
その言葉に、ノエリアは息を整える。
(迷い……)
自分の中にあるもの。
怖さ。
不安。
「私なんて」という気持ち。
それが、全部混ざっている。
だから、届かない。
ノエリアは目を閉じる。
一瞬だけ。
そして、踏み込む。
振る。
カン、と音が鳴る。
少しだけ。
ほんの少しだけ、重なった。
ジェイドの剣と。
そのまま弾かれる。
でも、さっきより近かった。
ジェイドは何も言わない。
ただ、ほんのわずかに頷いた。
その横で、ダニーが拳をぶつけていた。
キースの動きを思い出しながら。
踏み込み。
打つ。
止められる想像。
崩される想像。
何度も繰り返す。
「クソ……!」
歯を食いしばる。
「なんでだよ……!」
ハイジがそれを見て笑う。
「考えすぎ」
炎をまとった蹴りが空を裂く。
「体で覚えろ」
ダニーは顔を上げる。
ハイジは続ける。
「相手が強いなら、ぶつかれ」
「折れんな」
その言葉は単純だった。
でも、まっすぐだった。
ダニーは拳を握る。
「……ああ」
もう一度構える。
その動きは、さっきより少しだけ鋭くなっていた。
少し離れた場所で、フィアはそれを見ていた。
誰よりも静かに。
誰よりも遠くから。
風が髪を揺らす。
(……みんな、進んでる)
ノエリアも。
ダニーも。
ハイジも。
それぞれ、自分の戦い方を見つけている。
フィアは自分の手を見る。
結界を張る手。
守ることしかできない手。
カリンの声が、ふと蘇る。
「意味ないよ?」
胸が少しだけ痛む。
(ほんとに……そうなのかな)
守るだけで。
支えるだけで。
それに意味はあるのか。
そのとき。
後ろから声がした。
「何してるの」
振り返る。
エイミーが立っていた。
月明かりの中でも、その存在感ははっきりしている。
フィアは少しだけ驚く。
「……会長」
エイミーはフィアの隣に立つ。
視線は前。
ノエリアたちを見ている。
「悩んでる顔ね」
フィアは少し笑う。
「わかります?」
「ええ」
エイミーは即答する。
少しの沈黙。
フィアはゆっくり言う。
「私、あんまり強くなくて」
自分で言いながら、少しだけ苦しくなる。
「頑張っても、あんまり変わらなくて」
カリンの言葉が重なる。
「意味ないのかなって」
エイミーはしばらく何も言わなかった。
風の音だけが通り過ぎる。
やがて、静かに言う。
「意味は」
短く区切る。
「あとから決まるものよ」
フィアの目が少し動く。
エイミーは続ける。
「守ったものがあるなら」
「それが意味になる」
その言葉は、重くなかった。
でも、確かだった。
フィアは少しだけ目を伏せる。
そして、小さく頷く。
「……うん」
もう一度、前を見る。
ノエリアの背中。
(あの子は)
少しだけ笑う。
(守りたいな)
そのとき。
空気が変わった。
ほんのわずかに。
でも、確実に。
ジェイドの動きが止まる。
ハイジも顔を上げる。
ダニーも拳を下ろす。
エイミーの目が鋭くなる。
「……来る」
その一言で、全員が理解した。
遠く。
学園の外。
森の奥。
黒い霧が、再び膨らんでいる。
今度は、さっきよりも濃い。
重い。
圧が違う。
ノエリアの胸がざわつく。
(また……)
でも、今度は足がすくまなかった。
剣を握る。
フィアが隣に来る。
「一緒にいこうねぇ」
その声は、いつも通りやわらかい。
でも、さっきより少し強かった。
ノエリアは頷く。
「うん」
そのとき。
ベルの声が響く。
『ノエリア』
前よりも、はっきりと。
『次は』
少しだけ静かに。
『ちゃんと見て』
ノエリアは息を吸う。
前を見る。
闇が、近づいてくる。
戦いは、もう一度始まる。
今度は――
さっきより、少しだけ前に進んだ状態で。




