届かない光、それでも
中庭に満ちていた戦場の空気が、わずかに歪んだ。
ノエリアの剣に宿った淡いピンクの光が、静かに、しかし確実に周囲を押し広げていく。
フィアの結界の内側で、その光は揺れていた。優しく、けれど芯のある光だった。フィアが息を飲む。「ノエリアちゃん……」その声は驚きと、どこか安堵が混ざっていた。
ノエリアは自分の手を見つめる。震えは止まっていた。
胸の奥で灯る感覚が、はっきりと分かる。(あったかい……)怖さは消えていない。
それでも、逃げたいとは思わなかった。前を見る。怪物の群れ。押されている仲間たち。
そして、その奥に立つ白い髪の女。エスター。ノエリアの足が動いた。「フィア、結界開けて」「え……?」一瞬だけ迷う気配。
それでもフィアはゆっくり頷いた。「……うん」結界がほどける。ノエリアが一歩踏み出す。
空気が変わる。怪物が一斉に反応する。唸り声をあげ、こちらへ向かってくる。
ノエリアは走った。剣を構える。光が剣に沿って流れる。(怖いけど)怪物の爪が振り下ろされる。
ノエリアは踏み込んだ。剣を振るう。ドンッ、と鈍い衝撃音が響く。怪物の体が大きく揺れる。さらにもう一撃。今度は核を狙う。
パリン、と乾いた音がして、怪物が霧へと崩れた。
ノエリアは息をつく間もなく、次の敵へと向かう。動きはまだ粗い。だが、止まらない。
ハイジが遠くで叫ぶ。「おい!ノエリア!」炎を蹴り上げながら笑う。「いいじゃん!」ジェイドは一瞬だけ視線を向ける。「……変わったな」短く呟き、すぐに敵を斬り払う。
ダニーも地面に手をつきながら顔を上げる。「マジかよ……」その目に光が戻る。
だが、その変化を一番静かに見ていたのは、エスターだった。エスターは動かない。ただ、ノエリアを見ている。その瞳に、わずかな興味が宿る。
「それが……」小さく呟く。「あなたの光」次の瞬間、エスターの姿が消えた。
ノエリアの目の前に現れる。距離が一瞬で詰まる。「っ……!」ノエリアは反射で剣を振るう。だが、エスターの手がそれを止めた。軽く、触れるだけで。ガン、と重い音が響く。
ノエリアの腕に衝撃が走る。「
軽い」エスターが静かに言う。「それでも、前よりはいい」ノエリアは歯を食いしばる。「……っ」押し返そうとする。だが、動かない。力の差が明確だった。エスターが一歩踏み込む。
ノエリアの体が後ろへ押される。地面を滑る。「あなたは」エスターの声は穏やかだった。
「まだ、自分を信じきれていない」ノエリアの心臓が跳ねる。「それじゃあ」剣が弾かれる。ノエリアの体勢が崩れる。「届かない」次の瞬間、衝撃。ドォン!!ノエリアの体が吹き飛ぶ。
地面を転がり、止まる。呼吸がうまくできない。視界が揺れる。剣が手から離れそうになる。(強い……)分かっていた。でも、これほどとは思っていなかった。エスターは追ってこない。ただその場に立っている。ノエリアを見る。その目は冷たくも、完全に無関心でもなかった。
「でも」エスターが言う。「嫌いじゃない」ノエリアの指が動く。地面に触れる。ゆっくりと体を起こす。立ち上がる。足は震えている。それでも、立つ。「……まだ」声がかすれる。「終わってない」エスターの目がわずかに細くなる。ノエリアは剣を拾う。握る。さっきまでより光は弱い。それでも、消えてはいない。(まだ……ある)
ベルの声が聞こえる。『ノエリア』優しい声。『今は、それでいい』ノエリアは息を整える。前を見る。エスターがそこにいる。
「……次は」小さく言う。「もう少しだけ、近づく」その言葉に、エスターはほんのわずかに微笑んだ。「そう」そして、視線を全体へ向ける。戦場はまだ続いている。
だが、もう十分だった。「今日はここまでにしましょう」黒い霧が広がる。カリンが楽しそうに手を振る。「ばいばーい」キースが舌打ちしながら後退する。怪物たちが霧へと溶けていく。エスターの姿もゆっくりと消えていく。
最後にもう一度、ノエリアを見る。「次は」静かな声。「もっと絶望を見せてあげる」そして、消えた。静寂が戻る。中庭には壊れた石畳と、荒れた空気だけが残った。ノエリアはその場に立っていた。剣を握ったまま。息を整えながら。フィアが駆け寄る。「ノエリアちゃん……!」ノエリアは少しだけ笑う。「……大丈夫」でも、その目はまっすぐだった。さっきまでとは違う。ほんの少しだけ。確かに変わっていた。――戦いは、まだ始まったばかりだった。




