届かなかった距離
中庭に、静けさが戻っていた。
さっきまで響いていた衝撃音も、叫び声も、もうない。
ただ、壊れた石畳と、黒く焦げた跡だけが残っている。
風が吹く。
どこか現実感のない静けさだった。
ノエリアは、その場に立ったまま動けずにいた。
剣を握ったまま。
指先がじんじんと痺れている。
(……負けた)
はっきりと分かっていた。
戦った、なんて言えるレベルじゃない。
届いてすらいない。
エスターとの差は、あまりにも大きかった。
ハイジが近づいてくる。
肩で息をしながら、少し笑った。
ハイジ
「無茶すんなよ」
ノエリアは小さく笑う。
ノエリア
「うん……」
でも、視線は落ちない。
まだ前を見ていた。
ジェイドもゆっくり歩いてくる。
剣を鞘に戻しながら言う。
ジェイド
「よく立っていた」
短い言葉。
でも、そのままの意味だった。
ノエリアは少しだけ驚く。
ノエリア
「……でも、全然だった」
ジェイドは首を横に振る。
ジェイド
「違う」
一瞬だけ視線を合わせる。
「最初より、確実に変わっている」
その言葉は、静かに胸に残った。
その後ろから、ダニーが歩いてくる。
少しふらついている。
それでも笑っていた。
ダニー
「マジでさ」
頭をかく。
「悔しいな」
ノエリアが頷く。
ノエリア
「うん」
ダニー
「あいつ……」
キースのいた方向を見る。
「めちゃくちゃ強かった」
拳を握る。
「でも」
少しだけ笑う。
「次は負けねえ」
その言葉は、強がりじゃなかった。
本気だった。
フィアがゆっくり近づいてくる。
少し疲れた顔。
それでも、優しく笑っていた。
フィア
「ノエリアちゃん」
ノエリア
「うん」
フィアは少しだけ考えてから言う。
フィア
「さっきねぇ」
ゆっくりとした声。
「すごく、あったかかった」
ノエリアの胸が少しだけ揺れる。
フィア
「ちゃんと光ってたよぉ」
その言葉に、ノエリアは少しだけ息を吸った。
(……光)
自分の中に、あったもの。
でも。
まだ足りない。
そのとき、周囲の空気が少し変わった。
生徒会が近づいてきたからだ。
エイミー。
アンナ。
ウィリアム。
その場にいる全員が、自然と背筋を伸ばす。
エイミーはノエリアの前で止まった。
しばらく何も言わない。
ただ、まっすぐ見ている。
ノエリアは少し緊張する。
エイミー
「……あなた」
静かな声。
「名前は?」
ノエリア
「ノエリアです」
エイミーはゆっくり頷いた。
エイミー
「覚えておく」
その一言だけだった。
でも、その重みは大きかった。
アンナが横で少し笑う。
アンナ
「えらい気に入られたなぁ」
軽い口調。
でも、視線はしっかり見ている。
「さっきの、普通やないで」
ウィリアムも静かに言う。
ウィリアム
「適性値ゼロで、あの出力は異常です」
ノエリアは言葉に詰まる。
自分でも分かっていないから。
エイミーはそれ以上何も言わなかった。
ただ一言。
エイミー
「準備しておきなさい」
ノエリア
「え……?」
エイミー
「次は」
ほんの少し間を置く。
「もっと厳しい」
そのまま生徒会は立ち去っていく。
静かに。
でも確実に。
“次”を示して。
ノエリアはその背中を見ていた。
(次……)
そのとき。
胸の奥で、光が小さく揺れる。
『ノエリア』
ベルの声。
前よりも、はっきりしていた。
ノエリア
「……ベル」
誰にも聞こえない声で呟く。
『今のままじゃ』
少しだけ静かな声。
『まだ届かない』
ノエリアは頷く。
(分かってる)
『でも』
ベルの声が少しだけ柔らかくなる。
『さっきの光』
『あれは本物だよ』
ノエリアは目を閉じる。
あの瞬間。
怖かった。
でも、逃げなかった。
『次は』
ベルが言う。
『もっと出せる』
ノエリアはゆっくり目を開ける。
空を見る。
青くて、静かな空だった。
でも、その向こうに――
エスターがいる。
(次は)
剣を握る。
「届く」
小さく、でもはっきりと言った。
その声には、さっきより少しだけ力があった。




