13-8.陽光
陽輝の屋敷は六条にあった。先日の三条源氏の屋敷よりも規模は小さい。母屋と東西北の離れはあるものの、一つ一つが小ぢんまりしている。
初めからそう大人数で暮らすために作られたようなものでは無かった。
「お待ちしておりました。嵐山の宮」
母屋まで案内されるとそう時間が経たないうちに陽輝がやって来ては頭を下げた。最近宮と呼ばれる事が多いことに複雑な気持ちになる。というか長い。
(昨日も惟也に言われたからな……)
「少外記殿、当日に申し訳ない。文の通り検非違使からの依頼で参りました」
陽輝の前には几帳が置かれていない。先日と同様あまり顔色が良いとは言えなかった。
陽輝の近くには女房一人だけがいるだけで、部屋を囲う御簾の周りに野次馬がいないあたり、従者への教育が行き届いているようだ。
「……こちらこそ、うちの女房が大袈裟にしてしまったばかりに申し訳ない」
前世だと女房も妻を指す言葉だったから「うちの妻が申し訳ない」と聞こえる。
今日はちゃんと話題があるからか変に会話が途切れることはなさそうだ。
「検非違使の中にも霊感があるものは見えたそうです」
陽輝は一瞬動揺を見せる。そして俺の後ろに控える礼羅と残月を見ていた。
「……例の式神に、神祇官も連れて来たのはそれ故ですか」
「彼も神祇官ですが、私の部下の一人です」
本当は帝からよこされた監督役だけどな。残月は何も言わない。
覚えてないと思っていたが、直ぐに顔が変わった。
「っ有明か……!?久しいな」
「……猶子に入った身の私を覚えて下さるとは光栄です」
「従兄弟を忘れるわけがあるか。元気そうでなによりだ」
いとこ同士だったのか。本当に世間は狭い。
「案内はこちらの衛門が行います。検非違使を頼った者です」
「衛門です」
控えていた女房が頭を下げる。これと言った特徴のない平凡でこの時代の貴族にしては珍しく白粉を塗らず唇に紅を差しただけのあまり化粧けのない女だった。それでも日に焼けていないせいか元の肌が白いので気にならない。
雰囲気からして陽輝よりも年上か。
「部屋や局の中に勝手に入らなければこちらは気にしません存分に確認していただければ」
「心遣い、感謝します」
これから屋敷の中を見回ると言うとことで「その……」と陽輝が声をかける。
「お顔を隠しているのは何か、訳があるのでしょうか?先日は隠しもしなかった物ですから……」
頭巾を被っていたことを忘れていた。
「……ただの日除けです。自分の屋敷には日除けの結界を張っていたものですから」
「左様で」
陽輝は直ぐに納得したようで引き下がる。
しかしその間、終始礼羅の目が陽輝を追っている事に俺は気付かなかった。
―――
衛門の案内されるまま着いてきた場所は庭だった。池が臨める釣殿があり、欄干から下を覗けば池の中が良く見えた。
「始めに物の怪が見えたのはこの辺りです。てっきり、新しい女房でも迎え入れたかと思ったのですが、何をするでもなく、ただずっと一点を見つめておりました」
釣殿の周囲は開けているからよく見えただろう。
「その見つめた先は何がございましたか?」
俺の代わりに残月が衛門に訪ねる。残月は傍から見れば顔が良い方だ。だから扇を出して笑みを向ければすぐに女は惚れる。衛門も掲げた扇の向こうでは頬を赤くしていた。この人たらしめ。
「……母屋だと思います。でも扇を持っていたのでお顔もよく見えませんでしたから……」
母屋ということは陽輝に何かあったのだろうか。引き続き残月が問う。
「衣の特徴は?扇などの持ち物で人が分かるやもしれません」
「衣はこの季節らしく、桔梗の重ねでしょうか。扇も睡蓮が描かれたものでした。わたくしから見ても、これといって、それらしい特徴が見られませんでした」
釣殿から庭を見渡してもいまいち母屋はよく見えない。
「庭に踏み入っても良いだろうか」
「……ええ、構いませんが」
衛門は俺を胡乱げに見る。分かりやすいな。
「あの衛門の君?貴女、うちの主様にその態度はどうなのです。貴女の主人は主様に嫌な顔一つなさりませんでしたのに」
「おい夜半」
本当に歯に衣着せぬし図々しいなコイツ。礼羅を止めようとしたが俺が残月に止められる。
「夜半の君」
「と、当然のことをしたまでです」
残月に呼ばれると分かりやすく肩がびくつくがすぐに開き直る。
「そうですか。では、そこにいるのは見なくてもよろしいので?」
残月が指差す先には松を植えた浮島がある。そこにはぼんやりと一人の女が立っていた。
「あれです……!あの物の怪がずっと彷徨いていたのです!!」
衛門は指して訴える。昼間だからぼんやりとしか見えないが、夜だったなら触れるまで亡霊だと気付かなかっただろう。
向こうは俺たちに気付かず庭の中を動き回る。睡蓮の扇に桔梗の重ね……薄紫と緑の衣を着ていた。




