13-7.陽光
「宮様」
残月がそう呼ぶときは大体内裏にいる時か、説教の時だ。
「……どこまで聞いた?」
「夜半の君が、貴方様が回りから良いようにされていると言ったところですかねぇ」
もう全部じゃん。
「全部聞くくらいならさっさと入れば良かっただろ」
「あの二人の言い分には興味があったのですよぉ。侍従殿があれほど言うのも珍しいですからねぇ。大方、赤松殿のしつこさが彼の気に触れたのでは?あの方のお声はよく響きますからねぇ。嵐山殿への寿ぎがこちらからでもよく聞こえましたよ」
俺が都にいる時高確率でいるよなこいつ。
「惟也は俺がどんな目で見られてるのか間近に見たことないだろ」
「少々荒く言ってしまえば、貴方は舐められているのですよ。それが気に食わないのは従者として当たり前です」
そんなの今更だろ。「貴方は今更とは思っているでしょうが、歯がゆいものですよ」と追撃される。思ってもない癖に。
「まぁ貴方様の場合、少しでも好意を寄せられると比較的表情が柔くなりますからねぇ」
「柔くなった覚えはない」
礼羅からは前に睨んでいると思われていたくらいだぞ。
「懐柔しやすいと思われぬように」
ちょろくなった覚えはない。
「それで、「後ろ盾とまでは行かなくても」……その後何をおっしゃろうとしたのです?」
あの時割り込んだのそっちだろ。
「……それ帝や右大臣に伝えるなよ」
「それは私への命令ですか?」
そうやって残月は俺を試す。
「あぁ。命令だ」
残月は檜扇を閉じ、左手に置くと、両手を揃えて頭を下げる。
「仰せのままに」
―――
「旦那様!本日来ていいそうです!」
早朝、牛飼に使いを任せると半刻ほどして返事の文を持ってきた。向こうもすぐに返事を書いてくれたようだ。
牛飼はそのまま牛車を引く大人を呼ぶと言って近くの村に向かった。頼んでいるのは俺だが朝から元気だな。
そして今回の留守番は惟也と童女と厨人になる。惟也にはいつも留守を任せてしまうので少々申し訳ない。
「いつも留守を任せて悪いな」
「いえ、この屋敷を守る役目を任されることが私にとってとても誇らしいのです」
そう言う晴れやかに惟也の袴の膝にはよく見ると少し穴が空いていた。家主の財を横領する従者もいると言うが惟也は俺に対して半年も誠実に勤めてきた。
本人は初めこそ勤めることが出来るなら食べるものと住める場所があればいいと言ってくれたが、先日式神に働かせることを提案したくらいには苦労をかけさせていた。俺なりに報いることが出来ればいいんだが。
「惟也、お前の好きな色はなんだ」
「えっ……?」
突然の質問に惟也は戸惑う。
察しの良い残月は言葉足らずな主を見て苦笑していた。
「嵐山殿。今回は私も連れて行ってくださいますか?」
「残月が?なぜ」
「右大臣へのお返事がございますからねぇ。それに昨日のこともありましたからあらかじめお休みをいただいていたのですよ」
そう手を胸に当てながら述べるがそれは昨日言ってくれ。
「大祓はどうなんだ」
「宮中の方は目途が付いたので参加しない私は用済みでしょう」
宮中行事くらい参加しろ。俺も参加したことないけど。
昼になり、軽装の礼羅がしずしずと出てくる。今回も北の方から貰った黄緑色の衣を一枚羽織っていた。そして今回も目元しか隠さない仮面を付けている。
(黙っていれば美人ってこれを言うんだろうな)
「おや、扇を新調したのですか」
「持たせない訳には行かないだろ」
残月がすぐに気付いた。礼羅が惟也達と都に行った時に買わせたものだが、礼羅が選んだのは紙扇ではなく檜扇だった。それでいいのかと聞いたが「木の方が紙より安いでしょう?」と言っていた。変なところでケチるな。
残月の技を真似するためかと思っていたが北の方から貰った扇が粉々に砕けたのが堪えたのか真似るのはやめたらしい。
「確かにそれはそうですがねぇ……」
残月が気にしているのは礼羅の扇がまだ絵付けされていない木目のあるまっさらなものだからだろう。残月の扇ですら木目こそ残っているものの松に月の絵が描かれているのだ。木目しかない扇は女が持つには華やかさがないと言いたいのだろう。
「別の扇を今絵付け師に頼んでる。これは予備だ」
「おや、そうだったのですか」
ということにしておく。後で作らせよう。
「主様、初耳なのですが」
「扇は二つあってもいいだろ」
案の定礼羅の目が据わっている。「無駄遣いするんじゃないわよ!」とわめきかねないのでさっさと牛車に乗る。
最後に残月が乗り込むと礼羅は扇を構え直した。
「……有明の君も来るのですか」
礼羅は身を引いて厭うが残月の方はにべもせずいつも通りの笑みを浮かべる。
面を付けていても分かるもんだな。
「昨日の事がございますからねぇ。それに私も子供のころは、桜邸に勤めていた時がありましたから私も少々ご挨拶くらいは」
「初耳だな」
「桜邸?」
「左大臣の屋敷だ」
右近の橘、左近の桜だな。
行儀見習いとして子供の頃に男女問わず何処かの屋敷に滞在して仕事を手伝ったり文を届けるなどのおつかいをすることがあるらしい。
残月は「言ってませんでしたからねぇ」と今まであえて隠していたかのような口ぶりだ。
「とても広い御屋敷でしたから仕える者も多かったのです。一ノ宮……少外記殿が大勢のうちの一人だった私を覚えていらっしゃるかは存じませんが、歳の近い者と交じって蹴鞠をして遊んだこともございましたねぇ」
懐かしむように目を細める。
行儀見習いとはいえ、左大臣の屋敷で働いていたということなら左大臣とはそれなりに縁が近いのだろう。でも残月の家名は藤原氏ではない。
「残月、お前大中臣だろ。左大臣の屋敷にいたのは生家の縁か?」
「おやまぁ!私なんかに興味を示すなんて珍しいこともあるのですねぇ?聞きたいですか?知りたいですか?」
聞かなきゃよかった。




