13-2.陽光
次の日俺は報告ついでに陰陽寮にいた。今回も侍従としてまた惟也を連れている。礼羅が屋敷にいるので惟也を連れて行きやすくなった。
晴明殿は日時計と水を張った皿に小さな磁石を置いてはその向きを確認しながら今夜の天の動きを確認している最中のようだった。
「あぁ、三条宮のところに行ったの?ならこの件は君がやってくれるならこちらとしてもありがたいね」
「は?」
三条宮は慈雨の宮のことだ。
ちなみに、今まで俺を良い目で見ていなかった得業生らは何があったのか俺を見ては委縮しながら机に視線を落としては晴明殿から貰ったらしい課題やら仕事やらをこなしていた。反発されても面倒だがそう委縮されるのもやりにくい。
しかし晴明殿の俺に対する態度は相変わらずだ。
「君はあの方にあの箱は見えないとはっきり言ったのだろう?」
「見えていなかったんだからそりゃあ、言いますよ」
今度は木彫りの賽子を机の上に転がしその目を見る。投げている場所が適当なので卜っているというより遊んでいる。
「こちらが幾度言っても聞かなかったからね。でも姫に害があるのは事実。念のため屋敷全体と姫のいる場所と二重で結界を付けた」
「姫の容体はすぐ元に戻るでしょう。直に見ましたが赤子のうちによくある風邪だと思います。邪気らしい邪気もありませんでしたし、全身くまなくみましたが疱瘡も瘧もありませんでした」
「まさか大君を見たのかい?」
「女房が誰も嫌がらなかったので。ですが汗がすごいので禊と称して湯あみと水を飲ませました」
「君が?」
「他に誰がいるというのです」
話を盗み聞きしている術師や得業生らもざわついている。振り向けば後ろに控えている惟也はまた何かやったのかと呆れた顔をしている。そんなにおかしいか。
「君ってそんなに子煩悩だったかな。寺にいた頃に子供の世話をしたという話を聞いたことがない」
「……あんな山奥、赤子を捨て置くにも普通の大人でも簡単に立ち入れませんよ」
「それもそうなんだけどね……?」と晴明殿は珍しく何か言い淀んでいる。
「晴明殿こそ何を気にしているのです」
「いや、君の性格にしては意外だったから」
俺を人嫌いか何かだと勘違いしてないか。
「私が嫌いなのは私に悪意を持つ者ですよ。それを言うなら晴明殿も孫君を猫可愛がりしているらしいではないですか」
吉平と吉昌から聞いた昔の晴明殿は師匠と弟子として接することはあってもあまり親として可愛がられたことはなかったらしい。二人ともそれが普通だと思っていたようだから吉昌の子供と対面した時猫可愛がりする晴明殿を見て二人そろって驚いたようだ。
「孫は可愛いものだよ」
「赤子はの間違いでは」
「まぁそれはさておき」
晴明殿はちょいちょいと手招きするので近づくと耳元でささやいた。
「君がどれくらい察しているか知らないけどね、黒い箱が関わっていたことはあの場に居た者以外誰も知らない機密事項だ。あの場にいたものは殿上に上がれる者たちばかり、三条宮だけでなく小外記に伝わるなんて本来ありえない」
「!?」
晴明殿は人差し指を口元に立てる。黒い箱について箝口令が敷かれていることは知っていた。ならば慈雨の宮に伝わるはずがない。関連があるのかは分からないが見えたということは大事になりかねない。
帝が許可を出したのはそれもあったからだろうか。
「まぁいい。こちらとしても大きく出られないから、三条宮のことは頼んだよ。少外記と左大弁もそろって慈雨の宮を気にかけている。君の身内は存分に使うといい」
「元からそのつもりです」
いっそ晴明殿も巻き込んでやろうか。
「結果は僕に教えてくれ。私は今多忙でね」
結局この案件は晴明殿に押し付けられるという形で俺に任せられるのだった。
―――
陰陽寮でいくつか晴明殿と話し、押し付けられた事務仕事をいくつかこなした(これは惟也に助けられた)頃には日が暮れそうになっていた。
「旦那様、陰陽寮ではいつもあぁなのですか?」
「臨時収入はもらってるぞ」
無位無官にしては破格の値段だったけど。
「そういう問題ではないのですよ。身分を隠していた頃とは違うでしょう。陰陽頭は本日はいかがされたのですか」
「六月晦日にむけて忙しいらしい」
陰陽頭は帝への日付は決まっているし毎年行っているはずだが、神祇官府共々面子が大幅に変わっているせいで準備が遅れて大変らしい。陰陽寮に行けば残月もひょっこり顔を出すことがあるのだが今日は残月も来なかった。
それに無礼であるというなら内裏ではちゃんと「殿下」とか「宮様」と呼んでいるから問題ないだろ。
「……左様ですか」
惟也の言いたいことは色々分かるが我が家の家計がかかっている以上、俺でも下働き相当のことはしないと明日の食がないと考えたがすでに安定した収入あったことを思い出す。
そして昼前に話したことがふっと思い出した。
「それにしてもまたあの邸に行かないといけないのか……」
どの時代もヒステリー起こす女は面倒だ。礼羅もああいう人を見たことが無かったのか大分戸惑っていた。
「次は誰を連れて行くのですか?」
礼羅を連れて行くことは決定だが礼羅を惟也に化けさせるか聞きたいのだろう。次も惟也に化けた礼羅を連れて行けば向こうの機嫌を損ねかねないので今度こそ化けていない礼羅を連れて行くか。
「いや、次は夜半に任せる。だから牛車の――」
手配を頼むと言い切る前に遠くから走る地鳴りのような足音と大声が響いた。




