12-7.陽光
「わざわざそれで貴方が動くのね」
「仕方ないだろ。帝の許可を得ているということは勅だということだ」
俺は黒弓に乗って三条京極の屋敷に向かうことになった。三条通りを通らないといけないのが癪だが致し方ない。
陽輝が来てから三日後。慈雨の宮から女房を連れて屋敷に来て欲しいという旨の手紙が届いた。しかも帝の許可を得ているという一文もある。
壺装束でなく妖術で惟也に化けている礼羅は黒弓の手綱を引きながら俺の方を見上げている。
「でも娘さんが重病なんでしょう?貴方が助けないなら他に誰が助けられるのでしょう」
そう、礼羅が惟也に化けているのだ。俺は頭巾をかぶっていることもあって見えにくいがそれでもものすごく違和感がある。声も変えられるらしいがはたして礼羅は惟也の演技ができるだろうか。
「慈雨の宮は左大臣側の関係者だ。変に取り入ってくるのはごめんだし……あまり人の家に良い思い出がない」
今でこそ役職はあるものの、非官吏だった頃は笠や頭巾で顔を隠しては袈裟を身に着け、顔を隠した僧侶のような恰好で依頼を受けていた時期があった。
しかし俺の顔が気になったらしい依頼主が不意を突いて被っていた頭巾を奪い取ると同時に烏帽子も取れて髪も解けたので露になった赤目も相まって白髪の山姥だと勘違いされた。
正直俺は化け物呼ばわりされたことよりもババアと思われたことの方がショックだった。しかも追い出された直後に丁度その場に通りかかった残月にも見つかったのだから気分は最悪だった。
残月とは共に行動する時間は惟也よりも短いのに見られたくないタイミングでよく出くわす。思い出しただけでムカついてきた。
「そう」
礼羅もこれ以上は聞かなかった。
普段礼羅はよほどのことがない限り俺の過去を深く追求しない。安心する反面聞けよと思う自分がいることにさらに腹の据わりが悪くなる。
(そこまで子供じゃないだろ俺は)
黒弓と礼羅の先導で三条通りを一直線に歩くと立派な屋敷が見えてくる。それにしても門までが遠い。
その門の前で掃除をしていた水干姿の下人に惟也に化けた礼羅が声をかけると下人はすぐに箒を持ってかけて行き、ほどなくして玄関で待っていたのだろう女房が来たが俺と惟也という組み合わせに首を傾げていた。
黒弓を下人に預けて門を潜ると瞬時に結界の中に入ったことが分かった。この結界の気配には覚えがある。
「先日、天文博士様が近隣の方にご迷惑が掛からないようにと結界を張ってくださいましたの」
女房の言葉にうなずく。やはり晴明殿が動いていた。『黒い箱』となれば上役が動かないわけにはいかない。
「陰陽寮はなんと?」
部屋までの道中女房が先導しながら喋るので俺の後ろをついてくる礼羅が問いかける。
「調査に時間がかかるので待っていて欲しいと。宮様はまだ片付かないのかと嘆いておられました」
宮様と呼ぶのは「慈雨の宮」か。だから俺を呼んだのか。
「慈雨の宮はどんな御方だったのだろうか。……私は内裏にいた記憶があまりないのだが」
俺が女房に問いかければ一瞬彼女の肩が震えた。
「伊勢にいたという話はご存知でしょうか」
「あぁ。だがそれだけだ」
内親王が伊勢神宮に行くとなれば斎宮となるということだ。慈雨の宮が斎宮として仕えていたのは残月から聞いている。大抵勤めが終わるとそのまま出家するか参内するかのどちらかなのだが、慣例に従わず中納言の元に降嫁したのだ。珍しい例らしい。
「お母上とよく似て聡明な方でいらっしゃいます。今は御匣殿に務めておりますが、こんな状況ですので参内しておりません」
娘の容体が悪いなら帰らないわけにはいかない。後宮で勤める女はだれであろうが帝のお眼鏡に叶えば寵愛対象だ。だが今の帝は実の父親。父親をめぐって多くの女がバトルしているんだからさぞ気まずいだろうなと他人事ながら思う。
そうこう話をしていると女房はすっとその場に座り御簾に向かって話しかけた。すぐそこに女主人がいるのだろう。
『茶を持て成されても俺が良いと言うまで絶対に口にするなよ』
『分かってるわよ』
前世を意識してから宮中での毒による騒ぎは聞いた事がないが念の為礼羅に釘を刺す。毒よりも呪詛の方がバレないからだろうか。そう考えていると女房によって御簾が上げらた。
御簾を潜ると几帳に人影が見える。流石に顔を見せることは無い。
「ようこそおいでくださいました。嵐山の宮」
名乗ったことがないのに宮と呼ばれるのはあまり気分がよくない。
慈雨の宮は子持ちの未亡人と聞くから妙齢の女を想像していたのに声が思っていたよりも幼かった。
それに言葉に若干不機嫌な感情が乗せられる。不満を隠しもしないなんて「遅い」と言いたげな雰囲気だ。俺とて身分が微妙だし師匠がいる手前陰陽寮を敵に回したくないから手順を踏んでもらわないと困るんだが。
「お初にお目にかかます。三条源氏殿」
呼び名が分からないのでとりあえず文に書かれた名を呼ぶ。
「それは亡き夫の名前を借りているにすぎません。ぜひ雨とお呼びくださいましな」
「では慈雨の宮と――」
言い切る前にお茶菓子が置かれる。まぶされているこれは砂糖か。
「ならば慈雨の宮、そちらの姫君が病に侵されていると聞いております。さぞお辛いことでしょう。後程禊をしてもよろしいでしょうか」
禊も気休めだけどな。案内していた女房がひそひそと主に話しかけている。
「……お気持ちだけいただきましょう。それに、女房を連れてきて欲しいと言いましたがそこにいらっしゃるのは殿方しか連れていらっしゃらないではないですか。そちらには女房の一人もいないのですか?」
今回は様子見だ。まだ礼羅を見せるつもりは無い。
「生憎うちにはこの侍従と下人三人だけ。女房は一人も雇っていないのです」
「兄からは立派な屋敷を賜っていたと耳にしておりますが?」
「仲の良い兄妹で羨ましい限りですね」
向こうが息をのんだような気配がした。
夕顔を思い出して卑屈になる。『陽光』と礼羅が念話で咎めてくるが言ってしまった手前取り消すつもりはない。
「……内裏では随分なことを仰ったそうですが、その厭世は変わらずですか。何方かに袖にでもされたのですか?」
晴明殿の北の方もそうだけど一体その情報はどこから湧いてくるんだよ。
「三つ子の魂百までと言うでしょう。子供のころからの性根は歳を取っても変わりませんよ」
「それもそうですね」
慈雨の宮は立ち上がると蓮の花が描かれた扇で隠した顔が見えた。その隙間からは瞼にうっすら紅を差した焦りの目が垣間見えた。
「噂の式神がいればと思いましたが、時間が惜しいです。案内します」
やっぱり礼羅目当てだったか。




