12-5.礼羅
さかのぼること少し前。
突然の来客になにも用意する間もなかったと言い訳を付けるため、客には母屋の局に待たせている。
厨で水出しのお茶を用意している間、麻杜と私はどちらがお茶を出すか喧嘩していた。
「夜半は氷水出したんですから私が出ししても良いでしょう!?」
「いいえ、あの方は子供がもてなす相手ではないの!」
「それを言ったらアンタも似たようなものじゃない!」
「はぁ!?私は十六や!この屋敷じゃ一番年上や!」
「!?嘘です!こんな女が侍従様よりも年上なんて!!」
お互い素になってるし私も擬態が解ける。
というか惟也はあの疲れたような顔をしていて十五歳だったのか。
「ならおれが出そうか?」
「「水丸は黙ってて/なさい!」」
「向呉ぉ!」
「はいはい、怖かったなぁ」
水丸は向呉に泣き付き向呉はよしよしと母親のように背中をさする。
「何をしてるのです……」
厨子を取りに来たらしい惟也は後ろから呆れた顔をしているけど陰陽寮から帰って来てから若干表情に陰りが見える。
陽光に仕えるようになってからはあまり大内裏に行くことが無かったようだから疲れたのだろうか。
「夜半と麻杜どっちがお茶をお出しするか喧嘩してました」
向呉から離れた水丸がそう言うと惟也はため息を着く。
「私が出せと旦那様から仰せつかってます。四人は庭と母屋に一歩も踏み入れないでください」
「「えー」」
突然来た客に子供達は興味津々で、私の方も陽光の屋敷に単身で来た彼の異母兄が気になったから肩透かしだ。
残念がる私達を無視して出来たてのあられを確認すると厨子に菓子を盛り付ける。急遽切り餅を揚げてあられを作ることになり向呉は先程まで汗だくになっていたのだ。
「有明の君が来た時と同様に大人しくしていてください。ほら下げ渡しますから」
そう言って四人分のあられを皿に取り分けておく。
あられを作る際に必要な油が多いのには驚いたものだ。余った油は後々別の料理に使ったりするらしいけど、それでも贅沢である。我が主は見た目によらず食いしん坊だ。
惟也が急須に触れると怪訝な顔をして私達を見た。
「急須が冷たいですが、わざわざ沢で冷やしたんですか?」
「いいえ?妖術で冷たくしました。中に氷が入ってます」
「ひっ!?」
急須を落としそうになりつつも慌てて体勢を立て直して落ち着く。いつもの惟也に戻った。
「そんなに怯える必要はございませんが……」
「氷は保存することが難しいから高価なのですよ!」
そういえばお婆もそんなこと言っていた気がする。
唐国で氷売りの真似事をしてはぼろ儲けして、でもすぐに妖術だとばれたとか。
中を見ると細かい解けかかった氷が入っていることに気付いたのか、取り除こうかと迷う素振りをする。氷なんだからすぐ解けるだろうに。
この時代この季節に氷なんて贅沢なのだが、妖術でいくらでも出せる礼羅はその感覚がない。
「今日も暑いのでこれで構いませんが……向こうはほとんど初対面なのに突然訪ねてきたのですよ」
「え、主様のお兄様ですよね?」
下人の子供達も頷いている。なら皇子の一人のはずだ。初対面なんてことがあるのだろうか。
「同じ内裏にいても住まう場所が違えばよほど仲が良い限り顔を合わせる事はあまりありません。旦那様は内裏にいた頃はあまり公に立つことはなかったようです。それに件の方はある事情で臣下に降ったのです。立場としては旦那様の方が上なのですよ」
そうなのか。兄弟の間も面倒なのだな。しかし童達はいまいち理解できないのか首を傾げていた。
―――
惟也が厨子を持って母屋に向かうのを見送ると、下げ渡されたあられを皆でぼりぼりと食べながら向呉が口を開く。
「都言葉じゃない夜半の君ははじめて見たなぁ」
「おれは昨日都で見たぞ。普通に商人と話してた」
昨日は惟也と水丸と私で都のお店を回ったのだ。私の知っている商人が七条にいたのでそこで必要なモノをかき集めてもらうよう伝えたのだ。内裏の騒ぎを解決したのと、伊勢守の碌のおかげで今この屋敷の財産は潤沢なのである。
それでも清貧を美徳とする陽光は必要最低限の物しか買おうとしないのだけれど。
「……ふん」
すましてる麻杜は未だに私に敵対心を持っているらしい。男の子二人は気まずい顔をしているかと思えば普段通りに振舞っている。
この小娘はいつもああだからなのか、それとも二人はこの幼馴染の態度を直すことに匙を投げているのか。
麻杜は自分のあられを食べ終えるとすぐにその場から出ていく。
「麻杜どこいくんだ?」
「お掃除終わってないので」
水丸の声にそう言って麻杜は雑舎から出て行った。
「困ったものね」
「夜半に甘えてるんだよぉ」
「えっ」
向呉からの指摘にぎょっとする。
「だって、夜半が来るまで御屋敷に年上の女の人は居なかったもの」
「仕方ないだろ。食い扶持減らすために侍従様に寄越したのがおれ達なんだから」
三人は幼いながらもこの屋敷に住み込みで働いているから親がいないのは想像がつく。子供は村のみんなで育てるとはいうものの、親がいない子供は爪弾きの対象だろう。
陽光もなんやかんや三人に優しい。そのことを察していたのだろうか。
「それに麻杜は怖がりだぞ。夜に厠行く時、おれか向呉をよく叩き起こすし、遠くで山犬の声がしただけですぐに飛び起きるし」
「叩き起こされたことあったかなぁ?」
「向呉はいつもぐっすり寝てるだろ」
水丸がべらべらと麻戸の話をする。以前私が陽光から血を吸われた直後のあの顔は陽光の獣のような姿に怯えていたということになる。にしても分かりにくくないか。
自分で言うのもどうかと思うけど私が麻杜くらいの頃はかなりお婆に甘えていたのに。
「……親代わりになるつもりは無いわよ」
「夜半は母ちゃんじゃないもんなぁ」




