12-4.陽光
「……うちの雨が、迷惑をかけました」
異母兄は頭を下げる。
どういうことだと困惑するなかどうにか俺は「頭を上げてください」と言う。
「雨が陰陽寮にいた貴方に文を送っていたでしょう」
あめ、雨か。なら妹にあたる慈雨の君のことだろう。その話がもう伝わっているのか。
「先ほど、私は左大弁の後ろにいましたので……」
陽輝が補足するように言う。あの場に陽輝がいただろうかと惟也に視線を送ると首を横に振る。惟也も覚えてないらしい。
「ですがせめて陰陽寮を通してもらわないと私も受けるかどうかはこの場で答えかねます」
「……左大弁の陰陽寮への来訪は雨の依頼に関わることでした。貴方様にまでお声がかかるとは思えなかったのでしょう」
だからってそう易々と受けられるか。
「私も未熟な身ゆえ、そう易々と依頼に来られては私も身が持ちません」
「ご謙遜を」
謙遜じゃない事実だ。これは前世だったらパワハラにならないだろうか。
陽輝は再度口にお茶を含むと話し始める。
「先の中納言殿が儚くなった直後、庭に黒い箱が現れたそうです」
黒い箱と言われて気が変わる。陽輝は更に話を続ける。
「屋敷の誰もが触れられず雨は困り果てていました。その時期と同時に二歳になる大君の容体が悪く、護摩を焚いても容体が芳しくありません」
言葉の節々からさもその場にいたかのような口ぶりだ。頻繁に通ってるのか。そしてこの時代の二歳児は数え年なので、まだ本当に乳飲み子である可能性が高い。そのくらいならしっかり世話をしていても死んでしまうことがあるのだ。可哀想だが運がなかったと思う。
とはいえ先日内裏で礼羅が見つけた箱も黒い箱だった。内裏での騒ぎは新しい。今のところ陰陽寮でもその箱が現れた因果が分かっていない中でまた黒い箱が現れるとなると悪魔はまだ諦めていないのだろうか。
「私が動くのは陰陽寮と帝次第でしょう……その娘は今もその屋敷に?」
あくまで黒い箱には触れないようにする。察している者もいるがその箱は何も関係ないと表向き言われている。
「はい。……私の家で預かることを提案しましたが、雨はそれなら意地でも出さないと」
そういえばこの異母兄、姪っ子を狙ってると帝が言っていたな。異母姉が拒否するほどなら相当だ。
というか既に妻がいる身で既に未亡人とはいえ嫁いだ妹のためにわざわざ兄が出張る必要があるのだろうか。
『坊よ、出してくれまいか』
白銅の声が頭に響く。
『取り込み中だ。後にしてくれ』
『わえにも少外記の顔を見せよ。何か分かるやもしれん』
銅鏡に何が出来るんだと思ったが、人の心は鏡写しというから、白銅は相手の顔を見ることで心が読めるのだろうか。
『顔が見たいなら式神の術で陽光の視界を共有できるんじゃないの?』
今度は礼羅の声が入る。俺と白銅の声が礼羅にも筒抜けだったのか。俺も修行が足りない。……まさか黒弓に俺と礼羅の会話が筒抜けだったのではという焦りを覚える。
「殿下、いかがされました?」
『お主の視界を見せられても鏡には写らないからの。間近で見せよ』
白銅は駄々をこねる。
『幽体化するなら考えなくもない』
『姿が現さなければ鏡に映らんだろうに!』
実体じゃないと技が使えないのかコイツ。
「……少外記殿、うちの式神を出してもよろしいでしょうか」
「旦那様!?」
惟也が驚愕しているが、陽輝は意外にも「意図を聞いてもよろしいか」と興味深そうな顔だ。
「貴方の心根を知りたいと。生まれたばかりですから人の心に関心があるようだ」
「構いません」
いやな弱みまで読まれる可能性があるはずなのに即答する。見た目の割に神経が図太い。
「白銅、来い」
その場で呼べばポンと煙と共に白い狸が現れる。陽輝は俺の膝にいるずんぐりむっくりな白い狸に目を見開く。
おそらく妖を直に見るのは初めてなんだろう。
「これが式神……?」
「そこのお主、兄の割には坊には似とらんの」
「!?」
「こら、口を慎め」
ぽんと頭に手刀を入れる。叱るつもりで手刀を入れたのにもふんとした弾力で撫でなくなるのをこらえる。
白銅はそんな俺をよそにぽてぽてと陽輝の前に行くとのしっと座り、お腹の鏡を陽輝に見せた。
「主よ、この者は嘘は吐いておらんよ」
「分かるのか」
「鏡だからの。それにお主なんか臭うぞ」
「に、においますか……?」
くさいと思われたのを補足するように「瘴気に影響されたのでしょう」と付け足す。
礼羅も匂いで妖力や魔力を判別していたが。この白銅も同じく鼻で判別していたのだろうか。
「その年にしてはお主、健やかには見えんの。まさか疫にでもかかっておるのかえ?」
陽輝は大きく目を見開いた。白銅は病にかかっていることがわかるのだろうか。
「……大祓も近いですし、一度身の回りの物を改め、清めることを勧めます。医者にも診てもらってください。あと数日物忌した方がいいかと」
俺は医者じゃないので分からないのでそういう事しか言えない。以前昌平から下級官人の仕事はとんでもなくブラックだということを聞いたことがある。
「そ、そうですね……」
心当たりがあるのか陽輝は曖昧に濁すのだった。




