12-3.陽光
父親に自分の文が読まれていなかったことにショックを受けていた惟也を見て、俺と吉昌はどうしようかと視線を交わすが、この場ではどうしようも無い。
「母上からは文が来ているので、実家には届いているのでしょう……」
そう言っていたので本当に気付かれていないのかもしれない。
車泊まりの場所に着き、中に入ろうとするとまた声がかかった。
「嵐山の宮で間違いないでしょうか!?」
水干を着た少年が文を挟んだ枝を持って現れる。誰かが俺が来たことをもう嗅ぎつけたか。吉昌は気にするなと俺を車に押し込むと、惟也に取り次がせさせた。残月からも言われたがこの時俺は何も口を聞かない方がいいらしい。俺そんなに尊い人じゃないんだが。
とは言え外では色々声が聞こえるが黙っておくしかない。
「……旦那様、お待たせしました」
「では私はこれで」
「悪いな吉昌兄者」
牛車の御簾が降りる間際、吉昌は苦笑しながら頭を下げていた。
―――
屋敷に戻ってから文を改めると、女の筆跡で三条源氏と書かれていた。誰だ。
内容としては屋敷に物の怪がいるかもしれないから来て欲しいというものだ。
陰陽寮に依頼出来ないものを無位無官の俺に頼むなんてことはたまにあった。
その時の俺は晴明殿の案内でほぼお忍びで陰陽寮に来ていたので、陰陽頭や晴明殿も「嵐山殿」で呼んでいたし、俺も頭巾で顔を隠して染め粉で白髪を黒くしていたから誰も俺の正体を知らなかったのだろう。
でも晴明殿の術試しに巻き込まれて全身ずぶ濡れになり、大勢の前で元の髪の色が公になってしまったのもあって、勘のいい奴は俺に頭を下げるようになった。それでも理解できない奴は白髪頭の俺を笑ったが。
「三条源氏と呼ばれるお方は先日お亡くなりになられた中納言殿でございましょう。子供達も全員まだ幼いですし名乗るとすれば北の方。
先の中宮の娘、慈雨の宮と呼ばれたお方ですよ」
今の帝の子で成人したのは俺と五つ上の双子の男女だけだ。二人とも臣下に降っている。
慈雨の宮と呼ばれる所以は日照りが続いた日に雨乞いをしたまだ幼い彼女が天に願うと雲が集まり、舞をすればしとしとと雨が降りはじめたからだそうだ。
以前帝が「恵子」と呼んでいた異母姉か。恵子だけに「恵みの雨」。なるほど覚えた。
降嫁したとはいえ今上帝の娘だ。惟也が強く断われなかったのは無理もない。
(前の中宮とかほとんど覚えてないんだけど……)
というか火事以前の思い出は本来の陽光としての感覚がだいぶ薄いせいか記憶がおぼろげだし全体的に印象が悪い。確か麗景殿にいたんだったか。
「旦那様、文が来ました」
平民訛りの残った声が庭の方から聞こえる。牛飼だ。外の掃除をしている時に声をかけられたのだろうか。
惟也が受け取り中を改めると顔を顰めた。
「来客です。無礼を謝りたいと……」
「断りもさせないような口ぶりだな」
今度はしっかりと「少外記 源陽輝」と書かれていた。恵子の双子の兄だ。しかも何の無礼を謝るんだよ。先触れがあったとはいえ当日のアポ無し訪問の方が無礼だろうが。
「追い返すこともできますがどうなさいますか?」
「入れて構わない。案内は――」
「全て私が。流石に女人と下人に任せるわけにはいきません」
今までは晴明殿の来訪でも倒れていた惟也も自ら対応するというなんて。成長していることに関心する。
俺は着替えたり、惟也は礼羅や他の下人らに客が来るから大人しくしていろと忠告したり、そそくさ準備していると間に合わず客が来てしまう。広めの局で待たせ、俺は顔も見た事がない異母兄と初めて対面したのだった。
「……」
「……」
惟也が気まずそうな顔で水だしの茶とあられを出す。
俺が口にすれば向こうも合わせるように口にした。ぼりぼりと咀嚼音が部屋に響き、茶を飲めば啜る音が響く。
やけに冷たいがまさか氷でも入れたのか。
「……」
「……」
残月以外の者を接待をした事が無いから特段俺に面白い話なんて無い。ものすごく気まずい。
向こうは庭をじっと見るとぽつりと呟いた。
「……静かですね」
「人が居ませんからね」
「……女人を迎えたと噂を耳にしておりますが」
女人一人増えたところで賑やかに……いや礼羅一人でもうるさいかと考えを改める。
「式神です」
どいつもこいつも礼羅のことばかりだな。
「……左様で」
そう言って茶を啜る。いや、気になるならもっと聞けよ。
しかしその茶を口にした途端動きが一瞬だけ固まった。
「宮様」
「は、はい……」
「私は源氏に。妹の雨は先の源氏中納言に降嫁する事で臣下になりました」
「私もそう、聞き及んでおります」
残月と惟也から聞いてる。
「あなたは皇子だ。私にそう謙るのはおやめ下さい」
そうは言っても相手は一応前中宮の息子だろ。
「……腹違いでも兄でしょう」
元皇子でも今の帝の息子であることに変わりない。
一瞬ぴくりと相手が反応した。
「……そう、思いますか」
陽輝の眉間に皺が寄る。やばい言葉選ぶの間違えたか。
「以前、陛下と御酒を飲み交わしたことがありました。その時貴方のことを話しておりました」
「……陛下が……?」
睨みが一層増す。コイツも帝の話は地雷だったかと背中に汗が滲む。
「いや、あの時も非公式で俺も不本意でしたし、ただの酔っ払いの世間話で――」
「……うちの雨が、迷惑をかけました」
器を皿に置いて陽輝は頭を下げた。
いやだから何!?




