12-2.陽光
白銅を式神にしてから三日後。朝から白銅と式札に仕舞ったままの黒弓を連れて陰陽寮に来た俺は早速晴明殿に囲まれた。
「おや、連れは夜半の君じゃないのか」
「侍従の代わりに留守を任せてます」
こんなところに女を連れてきてどうするんだ。
晴明はやっと後ろに控えている惟也に気付いたようだ。
「おや、侍従の君も久しいね。元気そうで何よりだ」
「天文博士様こそ、お久しゅうございます」
挨拶はほどほどに陰陽寮の中に案内されると早速俺は二枚の式札を前に出し、惟也は布に包んでいた銅鏡と黒漆の弓を近くに並べる。
「黒弓は式札に入ったままです」
「白銅、と名付けたのですな」
「見ての通り白いですし、本体はこの鏡ですから」
包んでいた布から取り出すと銀と変わらない輝きの鏡がそこにあった。
陰陽頭は「相変わらず分かりやすいことで」と苦笑した。
―――
その後昼頃まではずっと陰陽師同士で議論していた。どちらも作られてから長くても五十年程度の比較的新しいものだ。それなのに付喪神が出る程の呪力が込められていたのはやはり元の持ち主の力が込められていたからだろうとのことだった。
しかしどちらの持ち主もそれらしい逸話もない。
「白銅、母上との最後の思い出がどんなだったか覚えているか」
俺が白銅に聞くと周囲は唾を飲む。ずっと俺の膝の上でじっとしていた白銅はその場で俺を見上げていた。
「由良の子よ。わえの声は由良と同じだ。わえが由良の生前の思いを言の葉にし、それが帝の不幸を買って祓われるのは勘弁やて」
礼羅が何か吹き込んだか。周囲も明らかにざわついていた。
「母上が当時帝に対してどんな感情を持っていたのかは知らないが、当時の思いは察しているつもりだ。私が許す」
「そんな大事じゃないがの」と白銅は言いながら口を開いた。
「夕顔が生まれた時の事よ。そうお主の妹の。あの娘、お主が赤子の頃と違ってなんでも口にするもんだから、大口開けてはわえをあんぐりとしゃぶられたわ。乳母が悲鳴をあげておったよ」
「……」
おそらく全員そうじゃないと言いたくなっただろう。
「先の藤壺君の恨み節じゃないのか」
「これ晴明!」
「なんだ半妖!記憶に残ったことを話しただけだぞ!」
陰陽頭が晴明殿を叱り、白銅は反論する。
胡白を見て度胸が付いたのか、比較的若い妖狐である晴明殿を見て威嚇しようとしたが俺は白銅の頭に手を置く。見た目が見た目だから白銅をぬいぐるみ扱いしたくなる。
「夕顔な……」
「坊、母と妹のことが障りなのは分かるがそんな顔をされたらわえも困る。あぁ、この前会ったらしいの」
「それはまた今度な」
あまりいい思い出ではない。
「だがそこの半妖の振る舞いは気に食わんぞ。だいたい、鏡の前で相手の恨み節なんか言ってみよ。見えるのは人を恨む醜い己の顔よ」
これ以上白銅に何か聞くことは出来なかった。
―――
白銅を式札に仕舞い、陰陽寮を出る時には既に昼時だった。腹が減ったしさっさと帰りたい。
それっぽく振る舞うのは疲れる。
「退屈だっただろう」
「いえ、あぁ言った会の場は新鮮でございました」
弓と鏡を抱える惟也は朗らかな笑みを浮かべている。吉昌が「お供します」と言って傘を出してくれる。いつも吉平の役目だったからこちらもまた寂しく感じる。
「惟也、折角だ。顔を見せたい相手はいるか?」
俺に仕えるようになってからあまり大内裏の中に踏み入れる機会がなかった惟也だ。少しくらい会いたい人がいてもおかしくない。しかし吉昌が俺に妙な顔を向けてくる。
そして惟也は首を横に振った。
「お心遣いはありがたいですが。お気になさらないでください。……それに、わたくしめのことを覚えている方がいらっしゃるかどうか……」
「あっ……」
吉昌が何か察したような顔をしたが「いや失礼」と咳払いする。二人は同い年だ。俺の前世で言う同期みたいな感じだろう。惟也はまめな男だし有能だと思ってるが仲が良い同僚がいたかどうかは吉昌が良く知っているはずだ。
「帰ろうか……」
「「はい」」
しかし後ろから複数人の足音と共に声が聞こえた。
「三郎太か……?」
「っ……父上」
惟也が振り向いた先には気弱な惟也とは変わって威厳ある男がいた。確か惟也の父親は左大弁の役だったか。
向こうも俺のことを見ては笏を掲げて頭を下げる。彼の後ろにいた者達もそろって頭を下げる。
「嵐山殿下、ご機嫌うるわしゅう」
「あぁ……惟也には世話になっている」
左大弁は一瞬怪訝な顔をしたが、「こちらこそ愚息がお世話になっております」と頭を下げてくる。
「殿下、少し倅と話をしても?」
惟也は口にしないものの、手にある荷物と俺と吉昌を見てはこの場から離れるのに戸惑っていた。吉昌は横に振っている。
「構わない。だが惟也が持っている包みは私の母の形見だ。この場から離れられるのは困る」
「形見ですか?」
「母もよほど大事にしていたんだろう、先日付喪神が生まれた」
付喪神というキーワードでビビる者がいたがフォローするつもりはない。
「え、えぇ……では手短に、三郎太。元気そうだな」
「……宮様にはよくしていただいております」
すまない惟也。俺から見ても乳母の旦那だ。周囲の目で気まずいと思うが向こうの気を遣わせてやってくれ。
「お前は母に似ず、臆病だったろう。殿下にご迷惑がかかるようなことはしてないか」
「それは……」
惟也は口ごもる。よく倒れるから気にしてるんだろう。本当なら頭を下げるついでに袖で顔を隠したいはずだ。
「彼はそれ以上によくやってくれている」
「……左様で」
割り込んで俺が言えば左大弁もそこそこの頻度で倒れていると察したようだ。
「右大臣に所縁のある者の中が次々と殿下の元へ向かわれたから、三郎太には不相応だと思っていたが安心した。たまには私にも文を送ってくれないか」
「……」
そういえば屋敷に勤めに来たと言って来たと思えば顔を見た瞬間逃げていった奴いたな。俺の親戚、俺の事嫌いすぎじゃない?
「父上、一応文は送っているのですが……母上からしか返事が来なかったものですからてっきり、お忙しいのかと……」
「……そうだな」
左大弁の視線が逸れる。忘れられていたか。




