12-1.礼羅
白狐は次の日の朝にはいなくなってしまった。
せっかく胡涼という名前を付けたのに他の童たちも残念がっていた。陽光は白銅の名付けが堪えたようで一日臥せっていた。
吸血衝動こそないけど意思のある妖の名付けをすることは相当疲れるようで、普段は塗籠の中で眠る陽光も今は母屋に寝所を作って横になっている。
そういえば私を式神にした時はどうだったのだろう。多少の瘦せ我慢はしていたようだけどこんな分かりやすく疲れて見せるのは珍しい。
陽光は横になった状態で己の内なる魔力を妖力に変換できないか試そうとするので、私は陽光の手の甲をつねっては気を逸らさせる。陽光は手を払って元の場所に戻すとまた同じことをしようとするので、今度はくすぐれば今度は自分の腕で手を押さえつけようとした。
お互い片手で押さえつけ合いをすれば最終的に手を握り合うことで落ち着いた。触れてる面から妖力を流し込んでやれば手が少しだけ動いたけど離れることはなかった。
「呪力を持っていかれるんだから大人しくしてなさいよ」
ふてくされる。「足りねえからって吸い取りやがって」とぼやいているが加減が出来ない貴方が悪い。
「……お前こそ、名付けで力を持ってかれてないか」
ここまで臥せっておいて相手の心配か。
「何も無いわよ。どうして?」
むしろ主が持っていく妖力の量が多い。ただの獣の名付けだ。それで持っていかれる力なんてないのは陽光が分かっているだろうに。
魔力と妖力の区別は出来てもいまいち呪力とか霊力の区別はつかない。それ等はその身に合わせた名前を付けただけに思える。
陽光の持つ天の御子の力は神力に当たる気がするけど、その力を私自身が捉えた事は無いので分からない。椿か残月なら分かるだろうか。
「いや……狐もいつかふらっと戻ってくるだろ」
「そうね」
胡涼にも事情があるのだ。家族がいるかもしれない。
いつか兎一匹お土産を持って屋敷に来てくれないだろうか。
「それで、いつになったらわえの同僚達を目覚めさせてくれるのだ!」
枕元でぽいんぽいんと白銅が陽光の周りを飛んでは跳ねては時々転んでいる。見ているだけで面白い。
「見ての通りお前の名付けで大分呪力が削れたんだ。それに突然色々増えたら場の収集が付かないだろ」
今の白銅は下人たちにほとんど見えていない。それはまだ白銅と陽光の主従のつながりが甘く陽光の力に染まり切っていないからだろうとのことだ。黒弓も陽光の式札の出入りを繰り返すうちに次第にはっきりと見えるようになったという。
ちなみに私も陽光と契約し直してからは霊感が無い者も私の耳と尻尾がはっきりと見えるようになったようなので、お忍びするならしっかりと擬態しないといけない。陽光が私の血を飲んだからではないと信じたい。
ちなみに以前は野良の妖もぼんやりとしか見えていなかったはずの惟也ははっきりと例や悪霊が見えるようになったらしい。何か臨死体験でもしたのか、強い妖力にでも当てられたのだろうか。……心当たりしかない。
「それで本当のところは?」
私も理由は知っているが白銅に教えるために陽光に聞く。
「文で残月に止められた。次の付喪神も満月の日までは待てだそうだ。満月の夜に陰陽寮の三人と残月がうちに来るらしい。だけどその前に白銅と黒弓を連れて陰陽寮に行かないといけない」
「……祓われたらこまるの」
白銅はしょんぼりと下を向いた。
白銅には都には強い半妖の陰陽師がいると伝えている。同族だからといって容赦なくその腹の中まで調べたがる学者でもあると。
ちなみに術師が都で妖を連れ行く際はあらかじめ陰陽寮に届け出が必要なのだという。理由は都の結界に入った際に陰陽寮にその知らせが届くので検非違使と共に討伐隊が組まれるからだそうだ。
だから今回陽光は残月に連絡した。以前黒弓が現れて困った際に晴明に頼ると仕事を投げては飛んで単身嵐山にやってきたようでそれで陰陽寮が混乱したという。
それから万が一そう言ったことがあれば陰陽頭が先に耳に入るようにして欲しいと陰陽頭に懇願されたからだという。
しかし陰陽頭に直接式神の文を送るとなぜか晴明にもすぐ情報が届くので仕方なく残月を通すことにしたらしい。どうせ帝にも伝えなければいけないから一石二鳥だという。
ここまで聞いて晴明の気味悪さが増した。晴明は己の身内を常に監視しているのか。
「黒弓も?」
「黒弓も似たような経緯で生まれた付喪神だ。話を聞いて比べたいらしい」
モノに魔が寄り付くこと自体めずらしい。だからよほどの宝物でない限り付喪神自体生まれることはなかなかないのだ。それを式神にした例も少ないという。
黒馬の黒弓の正体は付喪神の式神だった。本体は陽光の塗籠の中にあった大きな漆塗りの弓だという。普段は黒弓と書かれた式札に仕舞われている。
ならば今後は相当量の呪力やら妖力が削れることになるだろう。
「えと、今のうちに私の血を召し上がります?」
肌を触れるより血の方が力が溶け込みやすい。
「やめろ腕を差し出すな!」
慌てて陽光は手を離す。大分血の量も増えたしかまれても陽光の魔力で傷もすぐに塞がるので気にしないのだが、理性が壊れたのが怖いのだろう。
陽光の事情を既に聞いている白銅は「だから満月の日にしたのだろ?」と首を傾げていたが私と陽光の耳には届いてなかった。




