11-5.陽光
この部屋にある呪力の溜まった道具を式神にする前に、本来の目的である部屋の掃除をしてしまおうという惟也の提案に一瞬面倒だと思ったが惟也の無言の圧に負けて、掃除を始めて全て終わらせた頃には既に夕方。結果この日俺の式神にするのは狸だけになった。
夜、母屋の庇の前で酒を飲む。普段童女が仕込むそれはいつもは俺か惟也しか飲まないが、今回は歓迎と契約の意味も込めて式神にした狸にも渡していた。
「一応聞くが、本体が壊れたらお前も消滅するんだろう?」
「そうだの。わえは繊細故な、本体はこれまでどおり丁重に扱って欲しい」
狸は『白銅《はくどう》』と名付けた。白い狸で銅鏡の付喪神だからだ。
妖の名付けにはそれなりの妖力が必要みたいで、名前を与えた途端かなり疲れた。礼羅がやたら大丈夫かと俺を気遣うし更にその後ろには白い狐がいるから尚更やりにくかった。
礼羅が「とっておきを作るから十日待ってちょうだい」と言っていたが何を作る気だろう。
「坊、赤子の頃は随分な扱いだったのに今は色んな者に慕われとるな。わえは安心したぞ」
母の声でそんな事を言うから久しく感じなかったむず痒さを覚える。
「……白銅、お前その声を変えられないか?あと俺は坊じゃない」
「かつての持ち主に影響されたのだ、わえを長く使っておったのは由良だからの」
寄せるならせめて見た目の方にして欲しかった。これ進化したら美少女にメタモルフォーゼとかしないだろうか。……やめよう母に似そうで怖い。
「おや、先客がおるやないの。先約したのはウチやろ?」
「む、狐……妖狐か!?」
てちてちと廊下を歩いてきたのは屋敷に不法侵入してきた白い狐だった。
白銅は傍にいた狐が妖狐だと気付かなかったらしい。
「お晩どす。なんや気付いてへんかったんか?」
「外の魔物は見た事がない!」
だろうな。礼羅も気付かないくらいだ。この狐も極限まで妖力を出さないようにしていたんだから。俺が気付けたのはこの体質故だろう。
俺はあらかじめ用意した空の盃に酒を注いで渡せば「おや気が利くなぁ」と言ってぼふんと煙と共に姿を変える。
金髪に金色の瞳。水色の漢服という異国情緒のある格好に白い耳と尻尾が揺れる。戦った時は四尾あったはずの尻尾も一つ減っていた。
白銅は驚いてこてんと倒れたかと思えば俺の方にささっと近寄ってくる。俺を盾にするな。
「ぬ、主よ、わえはもうお開きかの?」
「いや……でも他の者には言わないで欲しい」
「……承知した」
白銅はあまり妖力が強い奴と一緒に居たくないのだろう。盃を持って俺の身体に隠れた。それでも尻尾が丸見えだと思うが。
俺は左の袖の中に数珠を隠す。
「隠しているみたいやけど、ウチには丸見えやで?数珠を左に通すんは無作法やわぁ」
普通にバレていた。俺はひらひらと左腕から取り出す。
「振る舞いで小道具を隠すのも技のうちやで?」
「それで、やっぱりここに来た目当ては娘か?胡白」
俺が祓った妖の名前は自分の台帳に記録される。今はもう消えてしまったが一時だけそう書いてあった。
「その名で呼ばれるんは久しぶりやわぁ。それもウチの名前じゃなくて、分身の名前なんやけど。嵐山の宮」
下調べは済んでいるのか。いや噂の一つ聞けば直ぐに俺が誰かは分かるか。
「あぁ、別に仕返ししに来たわけやあらへんよ。また尻尾一つ消えるんは勘弁してな。あんたはんもどうせお偉いさんの依頼やったんやろ?」
「……あぁ」
依頼者はいくら口説いても見向きもされないことに不服だったのか陰陽寮に嘘の依頼をした。
場所が場所だし生きて捕らえろという命令ともとれる内容から狐は嘘だと思われたが、依頼者が役職の高い官人だったので俺と当時よく使い走りに回っていた吉平が一緒に花街を見に行くことになったのだ。
吉平の狐の血と俺の感知の鋭さによって狐だと判明する。その後幻術が解け、黒髪が金髪に代わりその正体が現れると討伐命令が出たので俺と吉平と式神の晴明殿の援護によって祓う事が出来た。金髪の毛束がその証拠となった。
依頼者は最終的に女を屋敷に囲い込みたかったようだが、本当の狐だと分かった途端へなへなとへたり込んでいた。
胡白は瓢箪を両手で持つとこちらに傾けてくる。
「この盃でお互いに手打ちにしようねぇ」
俺は無言で盃を空にしてから差し出せば酒が注がれる。騙し討ちで毒酒を差し出してやろうかと思わなくもなかったがそうしなくてよかった。
「あんたはんもあの子の乳母がウチってよう分かったなぁ?」
「四尾の狐はそうそう見つかるものじゃないだろ」
「……それもそやねぇ」
そう言って俺が注いだ酒を飲むが「なんや、あの子の酒じゃあらへんのか」と文句を垂れる。
「文句言うな」
「せやけど、あの子の口噛み酒は妖力を補うにもうってつけの美酒や。魔力のこともあるさかい、妖力を含ませるのが上手いんやろうねぇ。あんたはんも一口飲んだら手放せなくなるで?」
それはもはや妖酒か麻薬だろう。
「……お前の娘、今更返せと言われても返せないぞ」
「かまへんけど、返せないん?」
「アイツは俺の体質を治す。俺はアイツの父親を探すという条件で契約した。本人は躍起になってる」
魔力妖力云々の事情はあるがそこまで伝える必要はない。
生きてるとは思っていたけどまさか直ぐに現れるとは思わなかったが。
人の姿になれるくらい体力が回復してるなら、なぜ礼羅の前に正体を現さないんだろうか。
「ふぅん、通りですぐに分からんかった訳やな。式神にしたら主に染まるんが妖やけど……まさか褥でも共にしたん?」
「する訳ないだろ!?」
「あらあら、赤なって可愛ええねぇ?ん?」
こいつ陰陽寮に突き出してやろうか。
「でも、むしろ染まっていた方が好都合かもしれへんね」
「どういう意味だよ」
「ウチはあの子を情だけで育てた訳やあらへんよ。あの子にはウチにも取れへん印があるんよ。それを隠すにはあんたはんとの契約は丁度良かっただけや」
情はあるんだな。
「まるで父親に返したくないような言い方だな」
そうするくらいならさっさと礼羅に会えば良いのに。
「ウチの都合が変わった。けどええやないの。父親が見つからん、それを理由に一生傍にいてくれるんやで?」
「……」
俺はこの目の前にいる胡白とやり合った事実を礼羅は知らない。
当の本人は飄々としてるが、俺の方はそんな罪悪感を抱えたまま礼羅を縛り付けてることに嫌気が差していたのに。
帝と言い、大人になるとそれも割り切れるものなのだろうか。
「探す意思がないと契約にならないだろ。礼羅には父親と会わせてから選ばせる」
「その相手が感情を操るとしたらどないすん?」
「そうならないよう鍛えるだけだ」
「……出来るとええねぇ」
空になった盃を寄越して来たので注ぐ。文句言いながらも飲むんだな。
「帝が、アイツの顔に心当たりがあるそうだ。アイツの母親は知ってるか」
「……知らんね。せやけど死んだことだけは聞いとるよ?あの子のお産は相当辛かったやろうねぇ。半妖を人の娘が産むんは相当な負担がかかるんよ」
少しの間が気になるがやはり死んでいたか。
「それにしても帝、ねぇ……こーんな立派な屋敷に住んで、世話は式神に任せて、おまんまも美味しくて、綺麗な服ももろて、ほんまにあの子は随分なお年玉をもろたなぁ」
「お年玉って……」
正月じゃあるまいし。
「ほなあの子をよろしゅうな。あんたはんにウチが言いたかったんはそれだけや。ウチは時々様子見に来るさかい、そん時はあの子の口噛み酒を頂こやないか」
「名前付けられたのに?それに目的はどうすんだ」
アイツら飼う気満々だぞ。
「あぁ、また新しい名を付ける手前が省けたわぁ。けど子供の世話になる気はないで?ウチは自由が性に合うとるからね」
ぼんと煙と共に白い狐に変化すると胡白はどこかに行ってしまった。
「……事情は知らんが、坊は千年妖狐に認められたのかえ?」
「分かるのか」
「尾っぽは三つしかないが、あの洗練された強い妖力はそれくらい生きててもおかしくなかろうて。九尾でないのは力を封じておるか、坊のような敵に逃れたかのどちらかじゃろう」
ほれと白銅は自分の盃を両手で掲げる。この狸も酒が好きらしい。
千年も生きていれば九尾にもなるだろう。九尾狐は中国の妲己しか知らないが、都にそんなのがいたら真っ先に討伐対象だ。
「……九尾ね」
尻尾が少ないのもそれを隠すためだろうか。
「白銅、妖を見た事ないって言ってた割には詳しいな」
「なぁに、鏡越しに人の話を聞いたまでよ。確か丹波にいた頃だったかいの」
母の由良の君は丹波の由良川から取ったと聞くから辻褄が合う。
「そこで当時の持ち主が僧侶に聞いたんじゃ」
「僧侶?」
「はて、なんだっかかいの」
白銅はとぼけて話を変える。
「にしても、あの狐も人間臭いの。別れた娘に今更顔向けできず恥ずかしゅうてたまらんのだろう」
「そうだな」
妖は総じて嘘吐きだと俺は思った。
もろともにあらばあしたを迎ふれば、おどろける内にかれむと思ふ




