11-3.礼羅
「百年も経ってないのに、わえを起こしたのは由良の子か?」
突然生まれた狸の口から出たのは妙齢の女の声だった。
「狸が喋った!?」
「お前が言うなよ!?」
陽光から指摘されても私は付喪神が生まれる瞬間を見るのは初めてだ。あんな派手に生まれるなんて思いもしなかった。
「ならそこの黒狐か?」
私を見る。妖は長く生きた生き物や作られてから長くある物に力が宿り、そこから魂が宿ったり変質したりして生まれる存在だ。だから一定の知性はある。だけどこんな老輩じみた口調で話しかけられるのはなんだか妙な気分だ。
「それは知らないわ。でも鏡に触れたのはそこの主様よ」
陽光に睨まれるけれど事実なんだからそれくらい答えてもいいでしょうに。
狸はじっと陽光を見るとそれに本人が答える。
「……知らないな。俺は鏡に触れただけだ」
「そうかや。ところで、わえは由良に会えておらなんだ。由良の子よ。由良は今どうしておる?」
『ゆら』とは持ち主のことだろうか。その鏡は陽光の母の形見だと言っていたから陽光の母の事だろうか。
「俺が持ち主の子だと分かってるならここにいる時点で理解してるだろう」
陽光も酷い言い方をする。そんなんだから他所に嫌われるのだろう。
「……いいや、お主の口から聞きたい。由良はわえが作られてからずっと由良の物だった。何が分からないまま長らく箱に眠らされたかと思えば今度は使われないまま部屋に放置されとる。そこの侍従が時々他の同僚と共に手入れしてくれとるが、わえは何も聞かされていないのだぞ」
「同僚?」
とたんにかたりと机の筆が筆置きから落ちて転がった。風もいないのに。狸は「あの筆も由良が屋敷で使っておったわ」と私達の感情に答えるように呟く。
私はそっとその筆を元に戻すために触れたけれどすぐに気付く。
「……驚いた。どれも呪力が溜まってるわ」
「呪力?」
いつの間にか起きていた惟也が私の呟きに問う。彼の存在を忘れていた。
「え、えぇ。……別に誰かを呪わなくても想いが籠っているものはそういうものには力が集まるものです。恨みとか、不満や不安だけでなく、誰かの想いとか願望もその気持ちが強くなればなるほど欲望となりやすいですから」
陽光の母にそんな感情があったのかは知らない。だけどその鏡はさぞ呪力を惹き付けやすい物だろうし、高貴な家柄ならさぞかし呪物並に呪力が染みこんだだろう。
「由良が使う前は由良の母が使っていたからな」
狸はそう言って胸を張る。つまり陽光の祖母のお下がりを陽光の母が使っていたということか。でもそれだけで呪力が籠る理由が分からない。
「……?ひぃっ!?」
呼応するように道具たちがカタカタと音を立てて動き出した。本当にこれでは外に出してしまえばすぐにこの狸のように付喪神が生まれてしまう。
「主様、元の持ち主がどうなったか答えて差し上げたら如何です?何も知らず箱に閉じ込められていたなら可哀想です」
狸もじっと陽光を見る。
なんとなく、この狸はこの場にいる道具達の代表として陽光に問いかけているのだと思った。
先ほどは陽光が触れたからだと言ったけれどきっと彼らの目を覚ましたのは私の拙い妖力のせいだ。不本意だが我が主には私の責任を取ってもらいたい。
「夜半の君、それは……」
惟也も陽光の母がどうなったかは知っているのだろう。だけどここまで感情が籠った道具たちには心残りを消しておくべきだ。
未練が残るのは良くないし、それが原因で邪気が生まれて悪霊がひきつけられるのは良くない。
「……由良の君、母上は七年前、内裏の火事に巻き込まれて死んだ。……燃え尽きた頃には骨になっていたからきちんと荼毘に付すことすら出来なかった」
「……そうかや」
狸は噛みしめるような顔をしている。心なしか目じりが潤んでいた。
「夜半、この道具らを供養出来ないか」
それでも陽光は道具たちを手放したいらしい。
「無理よ。この鏡、付喪神がつくほど魔が強くなってるし、それなら本体ごと壊すしかない。ここの屋敷の結界で守られているけど他の道具も付喪神か悪霊が取り憑く一歩手前じゃないかしら」
とは言いつつこんな高価なものを壊すのはもったいないし、母の形見だ。本当にそれでいいのか陽光に問いたくなる。
陽光なら毎日お経をあげれば呪力が抜けるかもしれないけれどそれこそ千日もかかりそうな大変な作業になりそうだ。
「あのぉ……旦那様」
惟也が恐る恐ると手を挙げる。
「どうした惟也」
「他の道具にその御力を与えて天文博士のように下人の式神に変えることはできませんか?……あの黒弓も言葉は交わせませんが駿馬相応の役はこなせていますし……」
惟也がそう言うのは意外だ。でも合理的でもある。元は道具なのだから使うのは当然だ。でもそれは陽光の負担にならないだろうか。それに式神にすると言っても妖の同意は必要だろう。
「あなたは、主様の式神になるのは嫌?」
「……わえを使ってくれるのか?」
狸は顔を上げる。
「能力次第じゃないかしら。それに場合によっては同族殺しをするかもしれないけど……」
「放っておかれるよりかはいい!同僚もそう言っとる」
陽光も少し考えてはその場から立ち上がった。
「……試したい。形代紙を持ってくる。少し待て」
そう言って部屋を出ていく。陽光は色々試行錯誤するのが好きらしい。二人きりになったところで私は惟也に問うた。
「侍従様が式神にするとおっしゃるとは思いませんでした」
惟也もそれに苦笑する。
「夜半の君のおかげで仕事が楽になったのは事実ですから、私も実家にいた頃を思い出して楽がしたくなったのです。……それに軽業の鍛錬といい、式神といい、夜半の君といい、私はもう慣れました……おそらく」
少し引っかかるところがあったけれど、要は陽光のせいで慣れたらしい。破天荒な主がいると苦労するのだな。




