11-1.陽光
夜明け前に僅かな金銭と食糧を持って出て行った吉平は他の国司を務める使者と共に都を後にした。
それを見送ると、俺と礼羅は嵐山に帰った。
門の前では惟也が笑顔で出迎えてくれた。普通に健気である。
「お帰りをお待ちしておりました」
「あぁ、帰った」
惟也の顔を見ると落ち着く。俺が出雲頭に指名されたら惟也を置いていくところだったのだと思うと少々罪悪感がある。何故こうも急だったのか。
「朝餉は既に御召し上がられましたか?」
「あぁ。そっちも俺の不在の間何も無かったか?」
眉を下げて困った顔をする惟也。
俺と礼羅は顔を見合わせて何事かと首を傾げると、遠くから下人の子供らの声が聞こえてきた。それが大きくなり、門の前に出た厨人と目が合った。
「あっ、旦那様……」
「ちょっと向呉!なんで余所見するの!?」
「おい待て!こら!」
慌てる童女と牛飼の青ざめる表情を最後に突然黒い影が俺の顔面に飛びつかれた。
「夜半――!?」
惟也の断末魔と共にもふぅとした感触が礼羅の顔全体に覆う。礼羅が手探りで背中を摘まめばきょとんとした顔をした獣がいた。
「――!?」
俺はすぐに懐から聖水を取り出して構えるが、礼羅がすぐにそれを避けては獣を抱きかかえては袖に隠した。
「礼羅!その狐を差し出せ!」
「っ!」
すぐにひざまずいた礼羅の腕が緩むと、獣は腕から飛び出た。
獣の正体は白い狐だった。しかしその体にはわずかながらも妖力が漏れ出ている。同じ狐でも礼羅は気付いていないのか?
「そう命令しなくてもいいじゃないの!」
「馬鹿言うなお前、コイツはただの狐じゃ――おぶっ!?」
「旦那様!?」
狐による飛び蹴りが俺の顔面に繰り出される。狐にしては威力が高すぎるだろ!
尻もちを付いて睨み上げると狐はふいと顔を逸らしては後ろ足で己の頭を掻いていた。腹立つ。
惟也が前に出て追い払おうとするがそれを俺が手で制する。
「惟也は前に出るな……野生の狐はなエキノコックス、じゃない、どの野生の獣も多かれ少なかれ穢れがあるんだ!というかなんで狐が屋敷にいるんだよ!?」
惟也に目を向ければ今知ったと言わんばかりに首を横に振る。
ちなみに本来エキノコックスは外来の寄生虫なのでこの時代の日本にはいないのだが、前世で聞きかじった知識しか持たない陽光はそんなこと知る由もない。
厨人がもじもじとしながら陽光に寄ってくる。
「一昨日、門の前で倒れてたからおら、水を与えたんです……そしたら懐かれたんだ……」
「水だけじゃなくふやかした干し肉もあげてただろ」
「そっ、それは……ごめんなさい」
牛飼の追撃に厨人はさらにしょげる。
「そう言って水丸も可愛がってたじゃない。わたくしは追い払おうって思ってました!」
「おい抜け駆けするな麻杜!」
童女がえっへんと胸を張るがその三人の様子に惟也が頭を抱える。
「旦那様は穢れがあるとおっしゃりましたが、獣には蚤があるのですよ。いつも旦那様が狩った獣は濡れていたでしょう。それはお屋敷に蚤が入らないよう予め水に浸からせて血抜きとすると同時に蚤を取り除いていたからですよ?」
狐は心外なと言わん顔をしているが事実だ。汚れ仕事をする下人らは穢れをよく理解出来ない。せいぜい食事の前に手を洗えと指導するのが精一杯だ。
しかしノミとなれば自分らにも影響が出ると分かっているのか下人三人はそろって頭を下げる。
「「「ごめんなさい……」」」
「それで主様、まさか……」
礼羅が嫌そうな顔をする。ノミが入ってきた時の対処をよく知っているのだろう。
「……時期は少し早いが大掃除だ。……元凶も洗うぞ」
「あら、入れてくれるのですね?」
狐は嫌そうな顔をしているが仕方ない。それに礼羅はこの狐を庇ったくらいだ。妖狐だと知ったら更に嫌がるだろう。母親役の惟也が手一杯なのに家事能力未知数の礼羅だけでなく狐が増えたら惟也だけじゃなく俺の胃も穴が空きそうだ。
それになぜ俺の屋敷の結界に侵入で来たのか問い詰める必要がある。この狐絶対妖力を誤魔化しているはずだから。




