閑話0-3.???
大和葛城山。
黄金色の髪と浅葱色の漢服を纏った女が川を辿りながら歩く。
たどり着けば荒らされ、着るものも日用品も無く伽藍堂になった我が家、そしてどこにもいない娘子。
盗っ人に娘子ごと奪われたのは目に見えていた。
家に入り部屋を見ると本当に何も無い。土間の土を掘り返して出した木箱にはあの娘がこっそり飲もうとしていたらしい口噛み酒の入った瓢箪が一つ。これだけは盗っ人も見つけられなかったらしい。
「ふふふ、ようもまあやってくれたやないか」
瓢箪を手に山頂まで飛ぶと、かつて役行者が修行をしたという山では、躑躅の花が季節外れにも関わらず咲き乱れていた。その周囲には枯れた竹が倒れていて見晴らしが良い。先月まで珍しく竹の花が咲いていたから枯れたのだろう。
竹のひとつを術で切って即席の器を作るとそれに酒を注ぎその場で口にする。
「こら絶景だ」
満月を前に女は月見酒に洒落こんではまだ回復し切れていない身体を癒す。
娘子の作る酒は己の古傷を癒すには十分な効力を持つ。他の妖が口にしてしまったら妖力が強くなって暴れてしまうくらいには強力だ。
開けた山頂に立つと人差し指と中指を口元に当てては空に向かってふぅと息を吐き出す。紫煙は風もなく決まった方向へと流れて行った。
「……この先は都か」
通りで彼女の妖気が嗅ぎ分けられないわけだ。
新月の日にとある若造に奇妙な術を使われ四つあった尻尾の内一つを犠牲にせざるを得なかった。
今の自分ならしっかりと鍛えれば失った尻尾が一つ生えるのにたった五十年程度。しかし今は分が悪過ぎる。
己に託した相手の面目もあって媽媽と呼ばせるのは気が引けて、かと言って姉と呼ぶには歳の差が離れすぎているから、妥協してお婆と呼ばせていた娘子。
「そやけどもまた巡り会うなんて、これも因果かねえ。……ん?」
ぷつんと娘子との繋がりが切れた。
彼女が赤子の頃、何かあった時それを知らせる為に己の血を飲ませては印をつけていた。
あの娘も捕まった知らせが来た時には既に自分も術師の前にいて、己の尻尾一つ分を犠牲にして逃げるのに精一杯だった。
体調の回復を優先して隙を待っていたが間に合わなかったか。殺されないよりかはマシだと思いながらも、あの娘を服従した者がいるなんて……いや一人いる。
あの者によって歪ませられたであろう体質を持ち合わせながら、自分の尻尾一つ分削ったあの術師。
「あっはっはっはっはっ!なんや、あんたはん、あないなやつが好みやったんかい!?」
元々血の繋がりもないのに同意無しに結んでいた契りなので勝手に切れても仕方がないのだが、横から、かっ攫われるのは気分が良くない。
満月に瓢箪を掲げては、金色の瞳で月を捕らえる。
本来なら番がいてもおかしくない歳頃の娘子一人。数年可愛がっていた動物一匹、己の手から巣立っていくのに寂しさを覚えるくらいで文句は言うつもりはなかったが、目的がある以上まだ自分の目の届かない場所にいなくては困る。
「さァて、あのじゃじゃ馬をどないして探そかねえ?」
恥ずかしい思いをせずに済むように丁寧に育てたつもりなのに、感情を表に出すわ、曲ったことが大嫌いで筋を通さないと認めないわ、贅沢して太るくらいなら清貧した方が良いと式神に頼らず家仕事をしては泥だらけになって帰ってくるわと、都に入れば生きにくそうな女に育ってしまった。
しかしそんな芋くさい女の方が何故かウケが良いこともあるのでむしろ気に入ったのは男の方かもしれない。
それにあの男の顔付き、睫毛も白い色白だから分かりにくいが、ころっと行ったら一気に深みに落ちそうなくらい扱いやすそうな男だった。
娘を取り返したいと言っても、そう易々と返してくれるかどうか。
「そないな男から取り返さなあかんのか……」
そいつが娘子を捕まえたと確証した訳でも無いけれど、長年の勘というやつだ。大抵は当たる。
「ねぇ礼羅、あんたはんはこのお婆をどないすん気や?」




