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10-7.礼羅


 陽光が帰ってきた時には日も傾いていた。陽光の方は昨晩覚悟を決めたような顔だったのに、今度は脱力していて、それでも平然を振る舞うようにつとめているように見えた。


「吉平を見送ったら俺達も嵐山に帰るぞ」

「そう……」


 今日も陽光は西の対に来ていた。南の庇(ひさし)の間で私は陽光からの妖術に関する質問に答え、陽光はそれを紙に書き付けて行く。式神の術や魔力制御の練習はしなかった。

 耳をすませば御簾の向こう側ではかさりと文を開く音が聞こえる。今夜の椿は梓弓を鳴らさないのだろう。何度かびんと弦を弾いた音がしたものの、長く続かなかった。


 椿は憑代。つまり意図せず何かに憑りつかれやすい体質だ。吉昌が屋敷の外に連れ出したのを悔やんでいたということは、その時に椿は妖か悪霊に襲われたのかもしれない。

 そして宮中でも冷遇されたということは傷を付けられ魔障(ましょう)を受けていたはずだ。お婆から聞いたけど、いくら傷が癒えたとしてもそういったものは一生の醜聞。瑕疵(かし)になりやすい。


 椿は殿方に声をかけられたことがあったと出会ったばかりの頃に聞いた。もしかして何も答えられなかったのは初めて口説かれたのに恥ずかしくて答えられなかったんじゃなくて、魔障について嫌味を言われたのではないだろうか。

 北の方には心配かけさせまいと殿方からの歌に答えられなかったと言ったのかもしれない。


「あまり三人のことを気にする必要はないぞ」


 陽光は静観するつもりだ。なんだか訳知り顔だけど陽光も何も知らないという。


「心配になるでしょう?」


 男は本当に他人事だ。


「でも決めるのは本人だ。お前椿の君を裳着も迎えていない子供だと思ってるだろ?彼女は俺と同い年だぞ」


 ならなおさらだ。十四なんてついこの前まで子供だったろうに。陽光もたまに子供っぽい時がある。

 ふと白い光の線が御簾から出ていく。私と陽光を飛び越えて東の方へ行ってしまった。


「矢文の術だな」


 しばらくすると今度は東から光の線が飛んでいき、また御簾をすり抜けていく。椿が受け取ったのだろう微かにかさりと紙を開く音が聞こえた。

 そして慌てるようにどたどたと足音が響いて御簾から寝着に衣を一枚羽織っただけの椿が飛び出てきた。


「吉平様っ!」

「椿さん!?」


 だけど私達は陽光の結界によって姿も見られないし声も届かない。

 椿は落として行った紙を陽光が拾う。一瞥すると陽光は私にもその紙を見せる。見ていいのだろうかと思いつつその紙を受け取った。

 一文目は椿の筆跡で書かれているが、次は男の筆跡で書かれている。


『白雪の ことにうもれに へきこころ 君のたまひし椿わすれず』

(白い雪に思い出が埋もれてしまい思い違いがございました 貴方からくださった椿の花は今もわすれていません)


『雪解けをすがらに待てる 白椿 かの契りをば 覚えたまふや』

(雪が解けるのをずっと待っておりました。白椿の君、あの日の約束を覚えているでしょうか)


 それは明らかに恋の歌だった。


「吉平は時々椿の君に歌を送っては振られてたみたいだからな」

「えっ!?なんで言ってくれなかったのよ!?」


 知っていてずっと静観していたのか。狡い。


「俺はそうやって言いふらして噂になるのが嫌いなんだ」

「あっ……」


 そうか。陽光はそれで苦しめられたんだった。


「で、でもいいじゃない!言ってくれたって」


 私だって言いふらすことはしない。


「終わったんだからもういいだろ」


 陽光は数珠の玉を一つ取り出すと結界術を解く。

 すると真っ白な花が開いた。


「やる」

「くれるの?これは花?」

「夜顔だ。術式は付いて無いぞ」


 夜半の君に夜顔か。この主は本当に私を夜に結び付けたがる。

 だけど折り紙でも不機嫌な式神に花をあげる甲斐性はあるらしい。


「紙じゃあ、夕顔と見間違いそうね」


 どちらも白い花だ。皺があるか無いかだけで。花の形はよく似ている。


「……そうだな」


 一瞬陽光の赤い瞳が燃えたような気がした。

 欄干にひじを預けて頬杖をつく彼の目に星の輝きは映らない。


「お礼に、抱き締めてあげましょうか」

「お前がしたいだけだろ」

「そっちこそ人恋しそうな顔してるのに」


 両手を広げたらそっと距離を置かれた。と思ったら膝に頭を乗せられる。


「ひゃっ!?」

「なんだよ、お前いつもやってるだろ」

「されるとこそばゆいのよ……!」

「式神が主人に命令するのか?」

「そんなこと言ったら、卑怯じゃない……」


 いつもの仕返しだと言わんばかりに今度は私の髪を弄り始める。

 なんの仕打ちだ。


「……その花、本当は人にあげるために折ったんだ」

「まぁ!?」


 別の人に渡すはずだった物をあげたなんて、しかもそれを言うなんて。

 まさか女か。陽光はにべもなく、やや自嘲しながら話を続ける。


「相手は偽物は要らないと受け取らなかった」

「歌も送ったの?」


 先程の二人のように。


「生憎俺にそんな才はない。」

「なら、振られても仕方ないわね」


 ざまあないと冗談めかして言う。


「……はは、そうだな。……随分前だ。俺の事なんて忘れてるとは思った、けど……本当に忘れられていたら堪える」


 図星だった。空元気にも満たない笑い声。

 酒も飲んでないのに饒舌になるなんてよほどその人のことを想っていたのだろうか。


「それほど大切な人だったの?」

「……そうだな」


 そう言う彼はどこか艶っぽくて、私は見てはいけないものを見ている気がした私は空を見る。

 でも、いくら受け取ってくれなからって私に渡して甘えるのは都合が良すぎないか。


「大切な人に渡したかった花を、私にあげるのね?」

「……悪い。今度、別の花を折る。今は紙が足りないんだ」

「今更気を遣わないでちょうだい」


 今宵あるのは夜を染める輝く星屑と、膝には私の月。


「礼羅」

「なに?」

「今後とも、よろしく頼む」

「私の膝枕は高いわよ?」

「……なんだそれ」


 だからこのやり取りは二人だけの秘密だ。


天の川 うつろふ夜に 夜顔を ながめ見ば誰を 覚ゆらむかし

たよりとは、いへども折りし君がため。口裂けぬとも、君にえ言はず

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