10-5.礼羅
もやもやしたまま明日になり、私は椿が北の方に昨日のことを告げたせいで朝から北の対に呼び出され正座で説教をされた。
術とはいえ人前で衣を脱いだこと、大声で「晴明の長男」と吉平を呼んだこと、帝に挨拶もせずその場から飛び出していったこと、内親王だと気付かなかったとはいえ、霞、もとい藤壺の大君に対して無礼をはたらいたことなど。云々かんぬん。
清涼殿での無礼は兎も角、霞については本当にやってしまったとは思っている。霞が陽光に「兄上」と呼んだ時はそうでもなかったのに帝に対して「父上」と呼んだ時は私も震えが止まらなくなった。
「椿も夜半を引き留める気持ちは分かりますが、嵐山の君の正式な従者は有明の君と夜半しかいないのですから、止めず見送ればあの方の支えになったでしょう。夜半も椿の言葉に過敏にならず、礼をして無言でその場を去ればよかったのですよ」
椿も「申し訳ありません」と頭を下げる。
「ですが、貴女が吉平さんのことを呼んでくれたおかげで大勢の貴人に知られることになったので良しとしましょう。
帝も目をかけてくださったおかげで目になることが出来ましたし、椿も、久しぶりに巫女の仕事で役に立てたようですし。褒美がもらえるそうですよ」
「もったいないお言葉です」
「ありがとうございます」
陽光も出雲守の役を貰ったから仕事が出来ず食べ物に困ることはなくなったと安心していた。管理をしている惟也が安心するらしい。
「ですがこれは今回だけですよ。夜半。次は首が跳ねると思いなさい」
「はい……」
次は気を付けよう。本当に。
そして私は無惨に砕けた竹の骨を北の方の前にそっと置く。また怒られるかもしれないけどこれは隠しようがない。
「これは?」
「北の方からいただいた梅の扇、だったものです。……ざん、有明の君の術を見様見真似で行った際に壊してしまいました」
敵に術の仕組みを一瞬で看破されてしまったのか、そもそも竹の骨に紙を張った扇では相性が悪かったのかは分からないけれど、一瞬で粉々になるなんて思わなかった。
「まさか術に使うとは思いませんでしたが、差し上げたものを貴女がどう扱おうと貴女の勝手でしょう?……わたくしは気にはしませんが、貴女はそうではないようですね」
許してくれはしたが流石に二本目はくれないようだ。「次の扇は主にねだってください」と告げ口される。陽光に頑丈な物を見繕って貰おう。
「あの有明の君の術を真似たのですか?」
内裏で見ていたであろう椿が私に問う。
「一度手合わせをしたことがございましたから……」
それでも完璧に使えなかったけれど。解釈の問題か、使った道具の問題か、だけど残月に教えを乞うのは嫌だ。
少し椿が考えるそぶりをする。
「……有明の君の扇は檜扇ではなく桂で出来た扇では?」
「えっ」
「それにおかしいですね。有明の君の術は壱岐島の月神の技。それを習得できることが出来るのは月神が選んだ者だけのはずです。いくら見様見真似だったとしても貴女がそれを使えるのは……」
「えっ」
もしかして私は罰当たりなことをしてしまったのだろうか。扇が壊れたのは神罰か。
「考えても仕方がないでしょう?今度本人に聞いてみては?」
「お断りします」
北の方の意見に即答する。
「あら、同じお方に仕える者同士、やり取りすることもございましょうに」
「……いえ、扇がもったいないですし、二度とその技を使いません……」
北の方と椿は何かを察したのか複雑な表情をする。私が残月が苦手なのを察してくれただろうか。
『俺は少し出かける。しばらく返事しない』
陽光が念話で送ってくる。『もうそんな時間?行ってらっしゃい』と返す。もう昼か。通りでお腹が空くはずだ。
「夜半、どうかなさいまして?」
「主様が出かけるそうです。話しかけても返事は出来ないと」
わざわざ念話で送るなんて律儀な人である。北の方は外を見る。
「ではこの話は終いにしましょう。次は吉平さんのことです」
北の方は話を変えようとぱんと手を叩く。昼餉はまだか。
「奥様は兎も角わたくしと夜半の君がすることがございましょうか」
椿が嫌そうな顔をする。私は昨晩のもやもやを思い出してしまった。
「椿のことですよ。嵐山殿の従者に任せることはございません。吉平さんの御屋敷に誰がいるかお忘れですか?」
椿は大きく目を見開く。吉平に同居人がいるのか。
「出家しているとはいえ、側室のいる場所に私が行くわけにはいかないでしょう。女房も一人しかいないと聞きますし、ほとんど人の出入りもない家は不安でしょう。あの人も物は送れても、顔は出せないでしょうし」
「側室……?」
「吉平さんの御母堂ですよ」
北の方が晴明、二人も妻がいたのか。
「椿、そろそろ自衛も出来るのではありませんか?時々西の方の所に行って欲しいのだけど」
「奥様それは……」
椿も気おくれしているようだ。
それに北の方が側室に気に掛ける必要は無い気がする。同じ夫を持つ妻同士仲が良いというわけでもなさそうだし。
「ですが、あの方は現大納言の妹君ですよね……?」
「えぇ。そうです。だけど父君が他界してからは吉平さん以外と関わることはほとんど無いとか」
吉平は俗世から離れた母を慮ってこの屋敷ではなく母の屋敷に住んでいたのか。軽薄な男だと思っていたが母想いな人だったようだ。
しかし出家しているとは、何か引っかかるけど思い出せない。
「あのまま放っておいたら本当に仏になってしまいそうですからね。あちらの女房のためにも気にやってくださいな」
「かしこまりました……」
椿は頭を下げた。




