10-3.陽光
夜、西の対で礼羅と酒を飲み交わしていた。いわゆるお疲れ様会みたいなものだ。
普段は東の対に礼羅が来るのだが、今は吉平と吉昌がいるので俺が来ることにした。
周りも俺と礼羅がそういう関係でないと分かっているのか、それともそんな関係になっても問題ないと判断したのか、一応人目を忍んで来てはいるものの、もう晴明屋敷の中では公然の秘密になっていた。
今夜は庭のどこかで椿の君が梓弓を鳴らしている。
内裏で聞いた音とは違うが、礼羅は棒で叩いているのだと言うので見たことがあるのだろう。棒で弓を叩くってなんだかシュールな光景だ。
「よく分からないけど、吉平も吉昌も役職や立場は同じだったのよね?」
「敬称くらい付けろ。……だけどそうだな。でも陰陽師もなれる人数が限られているし、出世を考えるなら別のところで手柄を立てられるなら立てるだろう」
「そういうものなの?」と言うが本当に分かってるのか。
「昇進すると俸禄が増える」
「なるほど」
礼羅にはそれで納得させればいい。大体出世する目的も金なのだから。
一応俺も出雲守である事には変わらないから不労所得は貰えることになったけど、一度は行った方がいいのだろうか。でもそうなると向かうのに数ヶ月必要か。長期間もあの邸に惟也を残すのは心配になる。
吉平も小さいながらも屋敷を持っているはずだ。長期間空けるなら売るか侍従の一人にでも住まわせる形で管理させるのだろうか。
ふと礼羅が何かに気付いたのか耳をぴくりと動かす。
「……誰か来る」
俺は慌てて姿を隠す結界を張る。
「玉砂利を踏む音がするわね……」
「なら庭か」
驚かせやがって。
「でも向こうには椿さんがいるわよ」
「大丈夫だろ向こうも気付くだろうし」
この時間ならどうせあの兄弟のどちらかだ。吉昌と吉平も今夜はこの屋敷にいるし。
だけど礼羅は立ち上がり衣を翻した。
「行きましょ」
「えっ、おい待てって!」
結界を解いて俺は礼羅を追いかける。
北から回り込んで正面の庭が見える透渡殿ではなく、壁のある渡殿に入る。礼羅は擬態して透明にしたので俺も同様に結界を張る。こちらから透渡殿の様子は丸見えだ。
透渡殿に椿の君は座っており、普段はまとめている髪も降ろしているので少し雰囲気が違う。傍らに台座に置いてある弓と棒が置いてあったが、本人の手には扇があり顔を隠している。
誰かと話しているのかと思ったら相手は吉昌だった。吉平じゃないのか。
「椿。帰ってから吉平兄者に会ったのか?」
そして明後日に出立する吉平について話している。夜にわざわざ話すことだろうか。
「文は既にお渡しました。それで十分でございましょう」
「二度と兄者と会えなくなっても良いのか?」
一瞬大袈裟と思った自分が馬鹿だった。
牛車もあるが整備されていない道中なら基本は歩きなのだ。それにこの時代の日本は治安が良いとは限らない。野宿することもあるかもしれないし、道中山賊に襲われたら死んでしまうかもしれない。
「……」
「まだ、あの日のことを気にしているのか」
あの日?
「いえ、そんなことは……」
「……それについて私から謝らないと行けないことがある」
「吉昌様が何をしたと言うのです」
「あの日、俺が兄者に頼んで、兄者にお前を外に連れ出させて傷付けたこと。そして兄者に私を庇わせてしまったことだ」
困惑していたのか、椿も「……え?」と戸惑いの返事をする。礼羅が『なんのこと?』と念話で聞いてくるが俺にも分からない。
「やはり勘違いしていたんだな」
「もしそうなら、貴方様は、奥様から太郎坊と呼ばれていたではありませんか!」
「母上からすれば私が一番の子だからだろう。あの頃は兄者も父上に引き取られたばかりだったから私も兄という認識がなかった」
腹違いの兄弟が大人になって対面することならよくあることだろう。後ろ姿でも彼女が落胆しているのが分かる。
「ですがなぜそれを今更……」
「……なんでだろうな。私も兄者が悪者になってくれることに甘えていたことに気付いたからだろうか」
「私……ずっと貴方様が他人行儀だったことが気がかりだったのですよ……?」
「そりゃ気まずいだろう!私のせいでお前が宮中でも冷遇されていたと聞けば!」
椿の君は宮中に出仕していたことがあったのか。
「おやめください」
冷たく低い声が、この場で重く響く。
「……すまない。だが、椿は兄者と会って話をしてくれ……少なくとも四年は帰って来れないのだから」
「……今は、考える時間をください」
吉昌はその場から離れた。
『何があったのか見ものね……!』
『本人達のことだろ。余計なことに首突っ込むな』
この野次馬娘め。
『貴方時々老人みたいなことを言うわね』
うるせえな。どうせ前世含めたら初老手前だよ。
「夜分に覗きとは無粋だね」
「ひっ……きゃぁああああああああ!???!?!」
「うわぁあああああっ!?」
後ろから晴明殿が気配を消して話しかけてきたので礼羅が大声を上げる。礼羅の悲鳴が過去一番大きかった。あぁ、結界張っておいてよかった。
こちらに気付いた礼羅が生温い目を向けてくる。元はと言えばお前のせいだろうが。
「そう大声上げなくてもいいのに……」
心なしかしょんぼりした声でお面を外す。
「そりゃ驚くわよ!何その狐面は!」
「だって君が気味悪いって返すから」
なんでこう礼羅は晴明殿に当たり強いんだ。
そう棘を出してもこの方には無駄だぞ。
「二人は息子らと椿たちのことが気になるのかな」
「そりゃあ、込み入ったことですし……」
引き寄せ体質の巫女に天才陰陽師の息子達。何となく事情は察するものがあるし幼い頃から顔見知りなのも頷けるんだが。
「礼羅。君は、それを知って彼女をどう扱いたいのかな」
「え?」
晴明殿の問いに礼羅は困惑する。
「友人になりたい人のことを知りたいと思うのはおかしいことなの?」
「……友人?」
なんだかまずい空気が流れる。
「礼羅、気になるとしても人の過去に首を突っ込んでも良いことはない。晴明殿もそれをおっしゃりたいのでしょう?」
「……そうだね。私は梅から止められているんだ」
北の方から口止めされていたならはっきりと言えばいいのに。
「だそうだ。気になるなら本人に聞け」
本人が口を開くとは思えないけどな。
「もういいかい?二人も早く寝所に戻るといい。明日は陽光も吉平と出かけるんだろう?」
「あ、はい……」
「何処に行くの?」
近日中には出立するのにと勘潜っているが俺も吉平に頼むつもりはなかった。吉昌に頼む際に近くで聞いてきた吉平が「侍従らしいことはしておきたいから」と言ってきた。
「……嵐山に帰る前に少しやることがあってな」
俺も整理しないといけないことがあった。




