9-7.陽光
「念の為言っておくがお前の崇める神と俺たちの崇める神は違う」
『それでも天を統べる者なれば潰すまで』
目の前の悪魔は一切聞く耳を持たない。コイツを呼び寄せた契約者も口を割らないだろう。
「なら全力で祓う」
数珠を取り出し構える。
「【千羽鶴】」
数珠玉から玉を一つを取り出し玉にかけられた結界術を解くと百の鶴が飛び出てては鹿頭の周囲を囲う。折り紙は暇つぶしで作っていたが今では立派な武器だ。どれも元は紙だから使い捨てなので使うことはないが今は惜しむつもりはない。
鶴は千羽までは折れていないがそれはご愛敬である。
「【不知火】」
鹿頭に囲った鶴の数羽に術を仕掛けて鹿頭の前で何回か爆発させる。
煙が上がるが無傷だ。やはり炎は効かないらしい。炎属性があるのか?
亀と竜の折り紙を取り出して、呪力で巨大化させる。
「【玄武】、【水龍】」
折り紙の亀と竜は咆哮と共に雨を降らせる。
雨に濡れるのも構わず俺は十字架を取り出した。
「主の名のもとに汝の名を示せ!」
礼羅の結界のおかげか新月なのに調子が良い。だけどその結界は一瞬で解けてしまった。
「な――」
『あの娘がいなければ貴様は無力か』
また襲い掛かってくる。まだ使える折り鶴で防ぐもすぐに切られる。手持ちの折り鶴はもうない。
「ぐ、あぁあああっ!!!???やめ、やめろぉ!!!」
清涼殿の方から悲鳴やら雄叫びやらが響く。貴人の誰かが暴れそれを控えていたらしい近衛が取り押さえていた。
『愚かな』
鹿頭が暴れている男に手を伸ばすとぱたりと糸が切れるように倒れた。
「おい!何をした」
『契約を履行したまで』
男から人魂が出るとそれは鹿頭の手に届く。
俺は十字架を構え、詠唱しようと口を開いた。
「天主の御力により――」
――思ってもない癖に、十字架だけで祓えると思ったかァ?
先日の悪魔の戯言が今になって脳裏に浮かんで怯む。
周りは信心深いというけどそれは形だけで俺に信仰心なんてない。
「主様!」
「夜半!?」
その抱えている子供はどこの子だ!?
礼羅は何か言おうとして咄嗟に口をつぐんだ。
『何してるの!さっさとこの前みたいな術を出しなさいよ!』
『あの時は偶然だったんだ!ろくに練習もしてないのにそう簡単に出せてたまるか!』
『形だけでも試しなさいよ!』
言葉に詰まる。しかし子供が礼羅の腕から飛び降りて走り出そうとしたのを礼羅が必死に止めた。
「ちょっと危ないから!」
「白い人……お主、妾の兄上か!?」
「はぁ!?」
俺の妹は夕顔しかいない。しかし清涼殿の方を見れば帝が慌てて立ち上がっていた。
「まさか霞か!?」
「父上!」
やっぱりどこかの内親王か。
『そのまま結界に連れていけ』と礼羅に頼むと礼羅はすぐに少女を抱えて清涼殿に連れて行く。礼羅が少女を渡殿の前で持ち上げると結界の手前まで駆け付けた椿の君が受け取る。
その様子に後ろから来た女官と礼羅が口論になりかけたのに、少女が帝に抱きかかえて何か言葉をかけたことで事なきを得ていた。
『己ではなく、妾腹の娘を目にかける父を見てどう思う』
この悪魔の手の内が分からない。俺の記憶が見れるなら妹の幻術を見せるだけじゃなく嫌なところをなじることが出来るはずなのにそれをしない。
俺は袖の中で数珠の玉を取り出す。だが残りは失敗作しかない。せめて目くらましになるだろうか。
「別に。それを言ったら俺も妾腹の子だ」
今の中宮は関白の娘だ。もし母が生きていたとしても母が中宮か皇后になることはありえなかっただろう。
何が「天の御子」だ。瘴気が満ちたこの空間で生き残れるくらい丈夫な子供がいるのなら彼らのどれかに継がせればいいのになぜ俺に拘るんだ。
『それほど奴らへの憎しみがあるのに、なぜ貴様はその力を奴らに向けない』
感情を読まれたか。あの幻覚を見せれるならそうかもしれない。鹿頭の声が聞こえるのか清涼殿にいる皆がこちらを見ていた。
――今は辛いでしょうが、それは神からの試練でしょう。今は耐え忍び、祈りましょう。いつかあなたを苦しめた者に神が罰を下す日が来ます。仏教の言葉ですが因果応報というものです。ですがもし彼らに罰が下ったとしても嗤ってはいけませんよ。
火事の時も、まだ帝ではなかった父から俺の周囲のことを聞いて、前世で立ち寄った教会で神父から諭されたことを思い出したんだ。
清涼殿にいる顔ぶれを見ると、皆が皆俺のことを様々な面持ちでこちらを見ている。俺も前世の感覚が残っているだけで完璧な善人じゃない。だからアイツらのことは好きじゃない。
あの教会の神父、他にも何か言ってなかったけか。……あぁ、そうだ。
「『愛する者たちよ。自分で復讐せず、むしろ、神の怒りに任せなさい。
なぜなら、「主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」とおっしゃるからだ』」
『!?』
鹿頭がたじろぐ。うろ覚えの聖書でも効果があるのか。
「因果応報だ。いつか奴らにも天罰が降ると俺は思ってる!」
だからお前もその罰を地獄で受けろ。
『貴様――!』
「天主の彼治め給わんことを伏して願い奉る」
十字架を握り直し目の前に掲げると十字架は光り、手の平から数珠玉が一つ落ちる。
地面に落ちた衝撃で結界が解けて沢山の鳩の折り紙が舞う。折ってみても上手く飛べず失敗作だと思っていたのに今は空を飛び、赤く染まった空に突き抜けていくと、ガラスのひび割れのように開けてく。
『その口を閉ざせ!』
「【禊】、【縛】」
突然鹿頭がの足が斬られ、地べたに這いつくばる。その術は残月か。
鳩が飛んで行ったところから徐々に光の柱が広がりその光が悪魔にもかかる。
「天軍の総帥、霊魂をそこなわんとてこの世を徘徊する悪魔を、天主の御力によりて地獄に閉込め給え」
『ぐ、ぐあぁあああっ!?』
塵になって消えていく。残ったのは黒い狩衣だけだ。誰かの衣を奪ったのだろうか。
俺はその衣に余った聖水を全部かけて十字を切り両手を握って祈る。
「『主よ、憐れみ給え』」
後で神祇官府が潔斎をするだろうが念のためだ。
鳩が空から戻ってくると俺の足元でぱたりと元の折り紙に戻る。俺はその式神達を結界術で小さく押し固めて数珠玉に戻した。
空を見ると目が痛い。やっぱ直で見るとまぶしいな。
白き鳥、従へ開く天岩戸、君は天照に問ひかくらむ。




