8-4.陽光
礼羅が眠っている場所から少し離れて俺と残月は改めて話すことになった。
惟也は時々出入りしているが残月の寝所を作るのだろう。水丸達も廊下を走り回っていた。
「まずは嵐山殿、今まで妖の血を口にしたことは?」
「いいや、夜半だけだ」
残月も分かってて聞いているのだろう。
妖を含めた魔物には血が流れていない。温もりがあるものもいるが心臓の鼓動は無い。傷を付けて漏れ出るものがあったとしたらそれに似た別のものだ。
「今まで気付かなかったのは人から漂う妖力に似た力が微弱だからでしょうかねぇ?おそらく若い獣よりも老いた獣の方が食いつきがよろしかったのではないですか?」
猫や狐が長生きすると妖になるというアレか。
「……言われるまで、分からなかった」
「左様でございますか。今回は満月から様々なことがございましたでしょう。妖力も呪力も同じようなもの。貴方様がご無理をなさっていたのは気付いておりましたからねぇ」
残月は淡々と事実を述べているようだが、さも当たり前のように聞こえる。
「感情が乱れておりますよ。ですがむしろよく今まで耐えておりましたねぇ?妖狐は日光や月光で妖力を蓄えると言います。貴方様は日の光に弱くございますから、月の光が頼りだったのでしょう。新月に近づくにつれて血を欲するのも頷けます」
「残月……」
こいつは帝の目ではあるがギリギリまで何も言わない所がある。初めは腹が立ったが今は既に慣れてしまった。
「どうしてそう呆れたお顔をなさるのです?今までは憶測から出ませんでしたから差し控えただけですよ?」
やっぱ腹立つなこの野郎。
しかし残月は俺のことを差し置いて「それにしても……」と話を続ける。
「魔力を欲する娘と妖力を欲する貴方様、相反しているようで似ておりますねぇ……」
雑談のつもりなのか詮索しているのか判別がつかない。
「貴方のその呪いが解けるといいですねぇ」
ばちんと燈台の芯が弾けた。
「呪いじゃない。体質だ」
「まだおっしゃりますか?獣でも魔物でもないのに血を啜りたくなる衝動に襲われることのどこが体質なのです。そう言って治らないと諦めておられるのでしょう?」
「諦めてはいない……」
血を欲するのだと気付くまで意味不明の欲求に足掻いていたのだ。
「確かに侍従殿には改善の兆しがあるとおっしゃったそうですねぇ。ですが飲酒も殺生もする貴方様だったら確認することも出来たのでは?
生き物でなくとも、そう、あの聖水と言いましたか、あれを作る要領で妖力や魔力を込めた水を作って確認することも。ですがそれをしなかった」
残月がここぞとばかりに畳みかける。
「聖水が出来たのは偶然だ。なぜ祈っただけであんなことになるのか俺にも分かってない」
「口だけではどうとでも言えますねぇ」
内裏にいる奴らと揚げ足の取り方が似ている。あえて似せているのだろう。
「……貴方様は元より人の呪詛を返すことを厭う方でおられる。誰か……いや、母君から恨まれていると未だ思っておいでですか?」
「違う……っ!」
思わず声を荒げてしまう。顔を上げれば残月はこちらを見据えていた。
「貴方様は寺にいたのでお聞きじゃないと思いますが、あの内裏の火事から幾度か殿上人の屋敷が火事になる騒ぎがございました。それを貴方様だけでなく母君の呪いだと仰る者もいます。そう感情を乱せばあちらの思うつぼですよ」
分かってる。分かっているけど――!
「有明の君、御仕度が整いました」
惟也だ。
「おや、そうですか」
残月は惟也と少し視線を送り合う。
「それでは嵐山殿。何かございましたらお呼びくださいませ」
「あぁ……」
惟也は御簾を上げて残月を案内する。残月が寝るのはすぐ近くの局だろう。たまに泊まることもあるから。
「旦那様もお休みになさいましょう。今夜は私もお傍にいます」
「ありがとう……」
その言葉は子供を甘やかすようなものだったが、俺はそれに少し救われたのだった。
「守らばや」さ思ひつつ侍へど、いかでかくも無力ならむ




