↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/156

7-7.陽光


「では初め!」


 合図とともに残月が檜扇を横に滑らせると礼羅は右足を前に出しては腰を下げて身構えた。その型は太極拳のようだ。

 しかし突然見えない斬撃が礼羅の左頬をかすめ、つうと傷口から血が垂れる。


「は――」

「禊(みそぎ)とは身を削ぐとも言いますからねぇ」


 首が切れず残念です。とまた扇で口元を隠す。この男は本気で礼羅を殺しにかかってきている。

 礼羅は傷口を親指でなぞり血を拭いながら魔力で傷を修復する。魔物は己の力で傷を修復するが、礼羅は妖力ではなく魔力で傷を修復する。

 陽光からは今も契約の繋がりがあるので首が切られなければそうそう倒れる可能性は低い。


(鎌鼬(かまいたち)みたいだな……)


 禊と言っていたが、まさかさっき俺にかけた潔斎と同じ術だろうか。

 礼羅は拭った血を払うと残月に向かって駆けると右足で押すように蹴る。しかしもう一度残月は扇を滑らせ今度は右脚を切った。


「ひぃっ!?――え?」


 惟也は礼羅の様子に両手で顔を覆うが、礼羅は脚を切られてもモノともしなかった。


「おや、半妖は実態があるから切れると思ったのですが」

「己を化かせばこんなの平気よ!」


 水に変化(へんげ)した礼羅の脚がぐにゃりと蠢く。一部だけ変化することが出来るのか。脚の形を元に戻すと今度は掌を顔面に突き出て視界を狭めるが残月の檜扇で叩かれた。

 その隙に礼羅はまた蹴り技をお見舞いする。しかし残月は自分の足を引っかけるように防いだ。

 残月の動きは太極拳に見える。扇も武器として使っているからそういう武芸のようだ。


 しかし今度はその動けなくなった右脚を軸に左脚を一閃しながら残月の頭に差し掛かる。しかし残月は閉じた檜扇でその脚を防ぐ。礼羅はその反動で後ろにのけぞると両手を付きバク転をして距離をとる。

 薄い木の板を並べて作った檜扇にあんな耐久力があるとは思えない。鉄扇じゃあるまいし何かしらの術で強化したのだろうか。


「おや、速い」

「貴方様に武の心得があるとは思いませんでした」

「使いたくなかったのですが……お前は年頃の娘にしてはお転婆がすぎますねぇ」


 確かに生粋の貴族だと思っていた残月が力があるとは思わなかった。しかもその口調からして残月はまだ余裕がある。

 それに体格を考えれば二十歳をとうに超えている残月と女の礼羅を比べれば礼羅が圧倒的に不利だ。

 礼羅はアプローチを変えたのかその場で印を結んだ。


「【帳(とばり)】」


 昼間だった世界は一瞬で星屑が落ちる空が広がる。俺にとって見えやすい空が広がっている。

 少しだけ魔力ではなく呪力が抜かれた気配を感じた。まさか妖力の代わりに持って行ったのか。


(甘い、匂い……?)


 嗅いだことがあるはずなのに思い出せない。何の匂いだろう。

 逡巡していると惟也が「えっ!?」と驚いた。


「どうした惟也」

「夜半の君に狐の耳と尻尾がはっきりと見えます……これが妖狐の正体ですか……」


 霊感のない惟也にも見える程の力があるなんて。この夜の世界は幻術ではなく結界術の一種か。


「――天(あめ)の海に雲の波立ち 月の船 星の林に漕(こ)ぎ隠(かく)る見ゆ」


 残月は万葉集の一首を詠む。余裕過ぎるにもほどがある。

 しかしその視線は確実に礼羅を捉えていた。


「【狐火(きつねび)】」


 今度は礼羅の姿が消えたと思えば青い火の玉が複数灯り、ゆらゆらと残月を囲い回る。そして火の玉は徐々に動きが早くなり、ひとつになって龍の形になる。

 龍は残月に向かって襲いかかる。それだけじゃない。空の星達がそろって矢のように残月に向かって落ちる。流れ星みたいだ。

 しかし残月は檜扇を舞うように滑らせてはそれら全てを炎の龍ごと術で切り裂く。切り裂いた場所から赤い炎を上げて爆発していく様は血飛沫のようだ。


「なんの――!」

「っく――!?」


 その爆炎の中から飛び込んできた礼羅が残月のみぞおちに突き技を入れた。

 派手な技がすべて幻術による囮だったのか。雰囲気からして手ごたえがあるように見える。しかし残月は微動だにせず、そのまま礼羅の手を片手で掴むとぐっと押してはバランスを崩させ、そのまま自分の方に引き寄せると、閉じた檜扇を彼女の額に突いた。


「――【縛(ばく)】」


 礼羅の術が全て消えて周囲が昼に戻る。礼羅は両腕が何かに縛られたかのように動けなくなっていた。

 これは神官の封印術の一種だ。しめ縄が薄っすらと見える。


「おや、軸を崩したはずなのに膝すら付かないとは……」


 関心する残月は檜扇で額をもう一度トンと突くが、礼羅は後ろ足を引いて倒れるのをこらえている。


「今すぐに止めさせましょう……!」

「いや、まだだ」

「ですが……!」

「二人は死なないだろ。最悪大怪我する程度だ」


(こんな周囲を巻き込んだ派手な術を使う……その実力で一尾の狐なんて嘘だろう?)


 「それが一大事なのですよ!」と惟也が騒ぐが、俺はこの場で二人がどんな術を使うのか気になっていた。


「この術は足を止めた状態で祝詞を唱えないと使えないのですが、私を敢えて立ち止まらせたのが運の尽きでした」


 その顔からして礼羅は相当腹を立てているらしい。

 この術は術を発動時両足を動かさないこと以外にも何かしらの制限があるのだろう。そうでなければ今この状態で禊(みそぎ)と言った技で胴体を真っ二つにできるはずだ。

 礼羅は大きく息を吸って吐いて深呼吸を行う。

 さて、礼羅はどう動く――?


「あー、負けた負けた。降参しまーす」


 しかし礼羅はその場でどかりと胡坐をかいて座った。

 この場がしんと鎮まる。


「つまんね……」

「旦那様……」


 惟也が咎めるが知ったこっちゃない。また新しい技を繰り出すと思って楽しみにしてたのに。


「水丸」

「えっ!?あ、勝者、有明の君!」


 俺が声を上げるとようやく水丸が残月に手を上げた。

 それでも残月は術を解かず怪訝な目で礼羅を見る。


「なぜ降参したのです」


 素の声で残月が礼羅に問う。


「道(タオ)に反する行いは早々に衰退に導くという老子の教えがあります。

 私の魔力は唐国の道術に基づいた方法で流れを捉えてます。貴方様がどのようにわたくしを試そうとしたのかは存じませんが、これはわたくしの流儀に基づいた行動でございます。それに、主はわたくしに勝負で勝て、と命じませんでした」


 とんちかよ。確かに俺は何も言ってないけどさ。

 納得はしたのか残月は礼羅を解放した。


「初日は私も見ますが、主に傷を付けるなら容赦しませんので」


 でも魔力を制御するのを教えるのは許すらしい。最初からそうすればいいのに。

 自分の結界を解いて立ち上がると少しだけくらりとめまいがする。貧血だ。


「旦那様?」

「日に当てられた。少し休む。後で白(・)湯(・)を持ってこい」

「……かしこまりました」


 残月に清められてもこの症状はまだ治まらないのか。


天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆ

――万葉集 巻7-1068 柿本人麻呂より

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。