7-8.礼羅
陽光が休んでいる間、私は惟也の案内で他の下人らと対面した。
「牛飼の水丸だ」
「厨人の向呉だよお」
水垂の少年たちだった。
はきはきとした水丸とのんびりとした向呉。二人とも幼く、八つか九つくらいだろうか。先程の童女と同じくらいだろう。
水丸は先ほど惟也が倒れた時に陽光を呼びに行った下人だ。
「二人とも後は頼みますよ。夜半もこの屋敷では主の許可なく怪しげな術は使わないように……っ!」
「心得ております」
従順に返事をすれば惟也はそそくさとその場から去ってしまった。危害を加えた訳でもないのに本当に怖がられたものだ。他に何かしただろうか。
見送ると向呉が困った顔をしてこちらに話しかける。
「夜半の君、さっきは麻杜がごめんね?」
「まと?」
「麻杜は童女のことだ。俺達は同じ年、同じ村に生まれたからお互い名前で呼びあってんだ。人手が足りないから役目もくそもないからな」
水丸が補足する。下人同士なら呼び名の慣例も緩いのだろう。
私もその感覚は長らく忘れていた。大和の村里にいるみんなは元気だろうか。
「それで、夜半は前の御屋敷ではどんな仕事をしてたんだ?侍従様から仕事を教えるようにっておおせつかってんだ」
水丸が聞いてくる。気さくに話してくれているけど私の「夜半の君」呼びはこのままみたいだ。
「えっと……」
前の屋敷では主人が下人への折檻がかなり多かった。理由はすごく理不尽なことだったけど、新入りだった私は教育と称してその犠牲にされた。
よく思い出せば下人の指示をしていた女房も自分や自分が仕えていた姫に被害がいかないように采配していたのだろう。同情はしても許さないけど。
「お部屋の掃除をしたり、お召し物を運んだり、あと主人の身の回りの世話をしたわ」
「えと、掃除はするけど、それ以外は俺達がするような仕事か……?お洗濯はするけど、身の回りのお世話は侍従様の役目だよな」
「だんな様はお着替えもご自分でするからなあ……たまにお食事も自分で作るし、鴨の煮つけがすっごくおいしいんだぁ……おら、あれ好きなんだあ」
水丸は戸惑い、向呉は陽光の作った料理を思い出しては涎を垂らしている。陽光が料理……?
「えっと、もしかして私がしてたことって女房の仕事……?」
「うーん、全部がそうじゃないと思うけど……侍従様も、俺達下人は本来主の目に付かない所で仕事をするものだっておっしゃってたから……麻杜はだんな様に惚れてるからアレだったけど……」
惟也はしっかりとこの子達を教育していたらしい。一人を除いて。
「ねえ、夜半の君、麻杜をどうにか出来ないかなあ?」
「あの餓鬼……あの子を?」
「やめろ向呉。夜半は麻杜をガキって言うくらい嫌ってんじゃんか!」
その会話は私の前で話すのはどうかと思うのだけど。
「うーん……でも侍従様は麻杜が女だから、女にとってだいじなことを知らなかったんだろう?なら夜半の君ならそれを教える事も出来るんじゃないかなあ?」
「そ、そうかもしれないけどさ……」
出来ると決めつけないでしないで欲しいけど、向呉の言う通りなら麻杜は今後無知のまま無礼を働いたとして罰せられる可能性もある。
「……少し考えてみる」
お婆曰く、恋をした者は暴走しがちになるらしい。私に因縁を付ける麻杜が私の言うことを聞いてくれるだろうか。
―――
下人たちと少し会話をした後、私は陽光に魔力を制御するための特訓に付き合っていた。
「まずは精神統一をしましょう」
寺で育ったのもあって、彼が座って無の境地に行くことは彼にとっても容易かった。だけど問題はこれからだ。
「その状態で息を吸う際に腹を引いて……そう、下丹田の皮が背中に作るのを想像してください。あぁ、肩に力は入れないで……」
昨晩のように私が陽光に触れて魔力の動きを制御する方法を手伝うことが出来れば容易いのだけれど、異性と触れるのはご法度だ。
残月がいるからやりにくいけど、無言でこちらを見るだけで特に何かあるわけではないけれど監視しているのはよく分かった。
「……夜半」
「なんでしょうか」
「この時は素に戻れ。俺がやりにくい」
ちらりと残月を見る。扇の下はあまりいい顔をしていない。
「わたくしの一存では……」
陽光は皇子だ。彼が頭を下げることは許されないはず。皇子というか、後々国の頂点に立つ者は子供の時の生き方で家臣が決まるのだとお婆が言ってた。
陽光が今後どうなるのかは分からないけど、傅かれることに慣れないといけないのだろう。
「残月、この時間は彼女が俺の師だ。だから彼女がやりやすい方法で受けたい」
「宮様」
目を閉じたまま陽光が言うけど、残月は首を横に振る。やっぱり。
「敬いつつ、教えることをこの娘にも覚える必要がございましょう。貴方様もそれに慣れてください」
陽光はそれ以降黙り込んだ。腑に落ちないながらも納得したらしい。
(本当に師として教えているのね……)
それから半刻、じっとしたまま魔力を練る練習をして今日は終わった。
―――
残月は惟也と話をするということで、二人は惟也の部屋に行ってしまう。
陽光は下人らの所に行けと言われたので彼らの仕事を手伝うことになった。
「あら、これは鴨肉?」
「旦那様が好きなんだよ。昼に村の人から買い取ったんだあ」
「へぇ……」
向呉に釜戸の世話の仕方を教えてもらう。
陽光は寺育ちなのに殺生には寛容らしい。私も猪の肉は好きだ。
「向呉も料理するのね」
「得意かどうかは分からないけど好きだよ。侍従様がね、おらに沢山料理を考えて欲しいって言うんだ」
「へぇ」
「そうしないと旦那様が厨に立つことが多くなるからだって」
「……」
都に来てから初めて知ったのは、公家人でも厨に立つことがあるということだけど、惟也は陽光に厨に立つことは良しとしなかったらしい。
「旦那様は、本当はおら達が目にすることができないくらい偉い人なんでしょう?」
「……えぇ」
向呉がどれくらい陽光の身分を理解しているかは分からない。私も帝に直接会うまでその存在がどれくらい偉大なのかも分からなかった。その息子が陽光というのは驚きはしたけど疑いもなかった。
「料理って怪我をするんだ。包丁に、釜戸の火に、冬の凍った水も霜焼けになって指が切れることもよくある。侍従様はそれが心配なんだろうなぁ。
おら達、腹を空かせて死にそうになった所を侍従様が拾ってくださって、それを迎えた旦那様が手ずからご飯をくれたから、おらはお二人を大事にしたいんだあ」
「……」
その健気さは胸が痛む。彼らがこの屋敷で働いているのは食い扶持を減らすために押し付けられたからだろう。それを向呉は理解していて、下人として雇ってくれた二人に恩義を感じているらしい。
「夜半、有明の君がお呼びだ」
水丸が私を呼ぶ。残月は私に何の用だろう。
「行っておいでえ。あとは水丸にお願いするから」
「おう、任せとけ!」
「ごめんなさいね」
この二人はいい子達だ。私は二人に見送られながら厨を後にしたのだった。




