7-6.陽光
「なので私と手合わせしましょう」
俺が魔力操作のやり方を教えて欲しいと礼羅に頼んだが、残月が礼羅を試す手段として提案したのは手合わせだった。
質素な小袖と褶に脚は裾を紐で絞った子袴という下女の恰好に着替えた礼羅は長い黒髪を紐でくくった。
(よほど単衣が嫌いだったんだなー……)
傍から見れば粗末な格好でも礼羅は久しぶりの格好に飛んだり跳ねたりしている。
「本当に狐のように化けていたようだ」
「演じることは化けることではございませんので」
砂利を引いた庭の端と端で礼羅と残月は対立する。残月はいつも通り檜扇で顔を隠したままだ。
俺に対して媚へつらう残月が礼羅に素を見せるのは意外だった。
「どちらかが降参、または尻もちを付いたら負けということにしましょう」
「それで構いません」
(とはいえ何だこの茶番……)
やる気に満ちている礼羅に反し、俺はは母屋の欄干に肘を乗せて呆れた顔をしながらその光景を見ていた。惟也は俺が日焼けしないよう日傘を立てている。今日除けの結界をかけてるからわざわざそんなことをしなくてもいいのに。
「あのぉ……旦那様……有明の君は、その……」
未だに状況が分からない惟也。
手合わせをすると話していた時惟也は茶の支度をしに厨に行っていた。直前の会話を聞かないまま残月と礼羅が手合わせをするという言葉を真に受けて聞いてしまいまた気絶したのだ。
今まで官人として務めていた惟也にとって俺の周囲は突飛なことばかりで、心臓がいくらあっても足りないのだろう。俺もそんな惟也だから自分が外出する際は彼をこの屋敷の留守を頼むことが多い。
気が弱いということを除けば気が利くし、細やかな手配も出来るから侍従としては有能なのだが、こうも何度も気絶されると足手まといになる。
「あまり殴る蹴るは得意じゃないはずだ。神官らしいことはだいたいできるんじゃないか?」
「……そうでしょうね」
惟也は同意してる割には歯切れが悪い。
(有明の君は粘着質なところがある御方……夜半の君が勝とうが負けようがお認にならないかもしれません……)
惟也は自分の主とのやり取りを見て残月という男が粘着質な性格をしていることは出会った頃から気付いていた。自分が苦手とする人の特徴でもあったから。
時折残月と惟也は主のいない隙に他愛ない会話をすることもあるが、自分が従者としてひたすら主に尽くすことに徹していれば残月は気にしないようなので弁えはあるようだが、突然現れた年若い娘を排除したがる様子から惟也は残月に大して女々しさを感じていた。
礼羅については惟也も扱いに困るというのが今の所感だが、先ほどは生まれて屋敷から一歩も出たことのない姫君のような振る舞いだったのに、今では年頃の近い娘らとはしゃいでいそうな村娘だ。
今の惟也には礼羅の狐の耳と尻尾が見えていない。霊感のない者が半妖の正体を見破るには、対象を右獄左獄に仕掛けられているような結界に入れなければ分からない。
先ほど惟也が見えたのは礼羅の纏う妖力が見せた無意識の幻覚だったのだが、惟也はその幻覚によって礼羅を只人の姫ではなく、半妖の娘であることを認めざるを得なくなった。
(夜半の君は陽光様の例の体質を改善できるきっかけを持つ方。そうでなくても私や下人たちによる負担を一手に彼女に任せることが出来るかもしれませんから、それを損なうことになると……)
「残月も礼羅に対して他に何か確かめたいことがあるんだろう」
ここでうっかり陽光は己の式神の諱をこぼしてしまうが惟也は聞かないふりをした。
「……それは手合わせで分かることなのですか……?」
「知るか」
惟也はつっけんどんな陽光に内心嘆く。惟也にとって一番自分の肝を冷やす原因は陽光なのだが本人は気付いていない。
(ここで堂々と殺せるもんな)
陽光はそう思いつつも礼羅がここで残月に祓われる可能性はないと考えていた。
審判役として下人の水丸が母屋の階の前に立つ。童女ともう一人の下人も母屋の影からこっそり見ていた。




