7-5.礼羅
「……魔力を扱う術を教えて欲しい」
まさかの要求に私は戸惑った。
「ちょっと待――」
「その修行はわざわざ陰陽の師に隠れて行うことなのでしょうか?」
「ここに連れてきたのは何かあっても被害が少なく、人目に付かないからだ」
「山は神域ですよ。それに帝から賜った屋敷に傷を付ける真似でもするつもりですか?」
「なら他にどこがあるんだ」
残月と陽光で勝手に話が進んでいる。まだ肝心なことを言ってないのに。
「待って!私は良いと言ってません!」
またこの主は私の話を聞こうとしない。決定事項のように話さないで頂戴!
残月は無作法に振舞う私を睨んでくるけどもう知ったことじゃない。
それに陽光もやたら寺育ちを強調するから忘れていたけど、七つくらいまでは内裏にいたなら今十四歳の陽光にとって生きてる半分はそこで過ごしていることになる。この人根っからの皇子様じゃないの!
「なぜだ」
「魔力の制御は出来ても魔力を使った術は知らないからです!」
「な――」
どうしてそんな絶望した顔をしてるのよ!?
「お前だって、自分は悪魔だって……」
「悪魔だけど魔術も魔法も誰にも教わっていません。魔力の扱いは妖力の扱い方を参考にしたのでこれが正しいかも存じません。妖術が使えるのは育ての親が妖狐だったからです!」
勝手に出来ると思わないで頂戴!
それにしてもすぐそばにいる残月の視線が気持ち悪い。
「その無作法な女狐の大声は耳障りですが」
あ、私この神職嫌い。
「言ってることは間違いではないのでしょう。赤子が周りの大人たちの言の葉を聞いて覚えるように、何事も親がいるもの。その魔術とやらの師がいなかったなら学ぶこともできませんから。むしろ今まで誰の手も借りることなく独自の術を編み出した嵐山殿が異端と言いますか……」
「異端ではないだろ」
「贅沢品である紙を童の玩具にしては獣のように動かしたり、目の前の相手に問答無用で諱を吐かせるなんて普通は考えもしないのですよ」
(それでも諱抜きは『呪言』、折り紙も人型の式神から別の物に変化させて動かしたり。当時内裏から一歩も出たことがなかった七つの童がその術をどこで知っていたのかは存じませんがその発想力は称賛するところではございましょうが……)
残月が考えていることなど二人にはつゆ知らず。
「仕方ないだろう……紙の価値を知らなかったんだ」
(怖……)
内裏なら何でも手に入るのだろう。紙がどれくらい貴重なものかはそこで育った童子なら知らないのも無理はない。
やることが容赦ないのは生まれ持った性格かもしれないけど。
「それで嵐山殿は魔術を習得してどうなされたいので?」
「先日気の迷いで力を制御できなかった。元々持て余していたものだ。できるなら術を使って有効活用したいだろう」
贅沢な悩みだ。魔力を消費する私がいるのにそれでも有り余っているのか。
「わたくしが食い尽くしているのに?」
「それでも有り余ってる。それに本来なら俺に必要ないものだからだ。無い方がいい」
この人さっきから言ってることがおかしくないか?ちらりと残月を見ても何を考えているのか分からなかった。
「わたくしにとっては心外ですが、魔力は忌むべきものだからその御体から抜き取りたいと?」
「そうだ」
「魔力を抜くには術を駆使した方が効率がいいとお考えでだったのでしょうか?」
「そうだな……」
「そう主様は仰いますが、魔力を全て抜き取ることは出来ませんよ」
魔力も妖力も大元は自身の身体の内側から漏れ出る命の源のようなもの。陽光のように私が生きていけるくらいの魔力を持っているのは特殊だけど人の中にもそれに似た力はある。
残月は扇を仰ぎながら提案する。
「嵐山殿が魔力を忌み嫌っている事情は察しておりますよ。皇子に魔物と同じ御力があると知られれば一大事ですからねぇ。ですが封じていた分、御体にも負担がかかっていたことも事実。術を使うことよりもまずは夜半の君のようにまずはその御力を制御できるようにしてみては?」
「術を使うのに否定しないのか」
私もてっきり否定すると思っていた。
「私が陛下から承っているのは貴方様に皇子として必要な教養を与え、内裏ではそのお立場の補佐をすること、そして健やかに暮らせるよう見守ることですからねぇ」
なるほど御目付というのも間違いないけど帝からの監視か。
「俺が陰陽の仕事に行くことに目をとがらせていたのは?」
「暦を読んだり占うくらいなら私も止めなかったのですがねぇ、魔物退治に自ら向かうなぞ御身に危険がせまるようなことをなされるのは本来考えられませんよねぇ?
陛下も許していたのは御傍にいたのが天文博士殿であったこと、そして貴方様に対して公に与えることができる禄がなかったからですよ」
陽光がある意味好き勝手できていたのは内裏で冷遇されていたからだろう。もしかしたら術師としての報酬は帝がこっそり裏で晴明や陰陽頭を通じて渡していたのかもしれない。
本当なら都で大事に守られるべき存在だったろうに。陽光も親の心子知らずだ。
「ですがその御力を制御できるようにするくらいなら私も止めません。先ほども申しましたが御身に障りが出るほどですからねぇ」
陽光は懐の中身を握る。握っているのは十字架が付いたあの数珠だろうか。
「ですがその修行がどれくらい過酷かは気になりますねぇ」
「……」
やることは傍から見れば精神統一、呼吸を意識した座禅のようなものだ。でも物凄い集中力を一度掴んでしまうと時間を忘れて三日三晩水も飲まず無の境地に行ってしまう道士もいるという。
でも練習中に陽光に死なれたら困るのは私も同じだ。
魔力を寄越してくれる者が居なくなれば私も死んでしまうのだから。
「なので私と手合わせしましょう」
どうしてそうなった。




