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7-3.惟也


 私は旦那様の身の回りのお世話を務める者です。

 文で主が半妖の狐を式神にしたということは存じておりました。そして新しい下人として庶民向けの小袖(こそで)を用意して欲しいとも伺っていたので用意しておりました。どうせ不潔だからという理由で衣を毎日洗わせるでしょうから洗い換えの予備も合わせて。

 下人もまだ幼いので一人増えることに彼らは喜んでおり、私も人手が増えることを待ち望んでいたのですが、来たのは狐と自称する美しい娘でした。


「このお茶。初めていただきました」

「だ、旦那様がお好きなのですよ……」


 会話しないよう引き伸ばしていたらいつの間にか下人相手にお茶を持て成してしまいました。途中手が滑って落としてしまいましたが幼い童女(わらわめ)が手伝いを申してきたので何とかなりました。


「左様でしたか。薬草を煎じたものとも違いますね。飲みやすうございます」


 シミ一つない肌、薄紅の唇。光の加減で青く見える黒髪。今にも光り輝きそうな金色の瞳を除けばとても麗らかな女性です。

 主曰く天文博士、安倍晴明様の北の方が彼女をお気に召したようで己の衣を下賜したのだとおっしゃっていますが、眉剃りも化粧もお歯黒もしていないのにも関わらずその居で立ちに違和感を抱きません。それすらも狐だから化かしているのでしょうか。

 そしてその化かされている私はあまり人と関わることが得意ではないためとても居心地が悪く、せめて顔を隠すための几帳を用意するべきだったと少々後悔しております。

 童女も私が話を切り出せないのでやきもきしているのか体をうずうずと振るわせておりました。旦那様が私を気遣って童女を寄越してくれたのでしょうが逆効果です。

 童女は自分が知らない間に主人と仲良くなった女に身勝手にも嫉妬しているのですから。

 せめて女主人がいてくれたらよかったのですが旦那様は未婚です。探すとなると東宮妃に相応しいお立場の娘になるので難しいのでしょう。


「童女や頼む……」


 とは言え私では間が持ちません。

 呼んで視線で促せば彼女はそばかすの付いた顔を大きく頷いて話を切り出しました。


「言葉づかいが乱れるところがございますが、お聞きしてよろしいでしょうか?」

「構いませんよ」


 やや拙い話し方をする童女に対して夜半の君はどこか微笑ましそうな顔です。相手が童(わらわ)、子供だからでしょうか。


「文で旦那様からお聞きしているのは、あなたは式神で半妖の狐だということです」

「えぇ。狐です」


 その姿からそのように見えませんがはっきり言いました。


「それで下女と同じ扱いにしていいということも書かれており、そのための衣もご用意しておりました」

「まぁそうなのですね」


 驚く素振りは見せますが、特に嫌そうな雰囲気ではありません。


「ですが今はきれいで立派な衣をまとっております」

「天文博士様の北の方よりいただきましたから」

「旦那様が選んだのではないのですね!?」

「これ童女……!」


 両手を床につき前のめりになる童女に私は頭を抱えます。童女と呼んでいますが、本当はその辺の村から雇い連れて来た下女です。私だけでは屋敷の世話が出来ませんので便宜上そう呼んでいるのです。

 捨て子だった癖にと言ってしまえば旦那様に叱られてしまうので口にしませんが、この小娘は不躾にもほどがあります。


「な何故、北の方がお気に召したのでしょう」


 これ以上は童女に任せきりにするわけにもいかず私からも問います。

 しかし夜半の君は困った顔をしました。


「……はて、わたくし、都の瘴気を祓った際に倒れてしまったので、旦那様が気にかけるようにと仰ってくださいましたから……」


 この方もなぜ北の方がお気に召したのかが分からないのでしょうか。

 あぁ、いけません、童女がまたむくれております。なぜ私がこの小娘の気をうかがわなければならないのでしょう。


「北の方は、ささ、聡い方だと聞いております……あの御屋敷に滞在していた時、な何をなさってのですか……?」


 私はこの御屋敷で留守を預かる事が多いため侍従となってからは都に足を運ぶ事は片手で数える程度。なので北の方は人伝に耳にした程度にしかお人柄を知らず、お会いしたことも勿論ございません。


「わたくしが知っている漢詩や歌を歌ったり、筝(こと)も嗜みましたわ」

「漢詩、ですか……」


 貴人が学ぶような教養をどれほど受けたのでしょう。それにしても女子が漢詩……?いやいや宮中には学んでいる女性もございましょう。数が少ないと言うだけで。

 歌も農民が学が無いなりに詠むことはあります。筝など楽器は貴族や官人の娘以外が演ずるとすれば楽士や遊女(あそびめ)でしょうか。


「楽器……」


 童女も少々落胆しております。

 しかし北の方が衣を下げ渡す程お気に召すなぞ余程のことでしょう。本当にこの方を下女として扱ってよろしいのでしょうか。女房の方が相応しい気がしてなりません。


「よ、夜半の君」

「夜半でいいですよ。主様に出会う前は別の屋敷で下女をしておりました。貴方様が私に気遣う必要はないのです」


 なんということでしょう。狐が下女をするなぞ聞いた事がありません。

 それでも畏れ多く感じてしまうのですよ!


「……で、では夜半。この童女が言っていた通り私は旦那様より貴女がし、式神としての仕事がない時は、下女として扱って欲しいという旨の文をいただきました」

「そ、そのようですね……」


 あぁ向こうも困惑されております!童女や呆れた目でこちらを見ないでおくれ。


「ですが貴女を見ていると、ここにいる童女や他の下人と同じ仕事をさせるには、その、惜しいところもございます」

「学を嗜む庶民もいましてよ?」

「それにしても才が多すぎるのです……」


 どんな大金を積んでも下賎のものが位の高い者の教育を受けることは難しいのです。なんせ書物は高価ですからね。


「侍従様!この者の言葉は嘘です!」

「これ童女!」


 童女は愚かながらも旦那様に心を寄せております。旦那様は都を知らないから仕方ないとおっしゃいますが、それでもこの娘の愚かさには私も頭が痛くなる思いです。


「なぜそう思うのでしょう?」


 あぁこの方も旦那様が仰っていた臨戦態勢とやらになっておられます。

 昔母上が仰っておりました。女の敵は女だと。それにしてもこの方も大人気がないではないですか。


「だって狐には見えないではないですか!どこからどう見ても人と変わりません!」


 狐とは化けるのですよ!今も化けているに決まっておりましょう!

 しかし背筋がゾワゾワと震えたかと思えば耳と尾がはっきりと見えました。しかし童女は何も反応がございません。


「……へぇ。本当に霊感が無いと見えないのね」

(ひィいいッ!?)


 はたと夜半の君と目が合います。黄金色の瞳が獣のようです。

 やはり化けていらしたのですね!?なんて恐ろしいモノを旦那様は式神にしてあまつさえ下女にしようと考えたのでしょう!?


「あら?見えていらっしゃるようですわね」


 あぁあああ!目を付けないでくださいましぃいいい!

 童女も食いつかんばかりにこちらを見ないでください!


「わたくしの耳の色。答えてみてくださいな」

「……黒いです」


 あああ私の愚か者!馬鹿正直に答えるなぞ!


「あらあらまあまあ。大当たりでございます!」


 大袈裟に褒めたところでこちらは嬉しくないのですよ!

 あぁ、この女人が下人になってしまえば私のこの暮らしで顔を合わせない日はないではございませぬか!


「主様に仕えるのなら貴方様にこと付けることもございましょう。改めてよろしくお願いしますね。惟(・)也(・)様」


 申し訳ごさいません旦那様、私にはこの者の相手は荷が勝ち過ぎます。


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