7-2.陽光
「貴方様が長らく屋敷に戻らないのも始めての事でしたので、少し侍従殿の様子を見に行くつもりでしたのに、まさか貴方様もおいでになられていたなんて奇遇ですねぇ」
「……俺がいて悪かったな」
残月は「そんなひねくれてどうするのです」と扇を仰ぐ。猫なで声が腹立つ。
どうせ惟也を心配する体で屋敷に来て惟也から色々話を聞き出したり俺についてあることないことを吹き込もうとしていたのだろう。ある意味運が良かったかもしれない。
ちなみに今惟也には礼羅を任せている。下女もいるので多少は問題ないだろうがビビりの惟也には厳しいかもしれない。
と思えばガラガラと何かが散らばる音が響いた。大丈夫じゃなかった。
「北がやや賑やかですねぇ」
「礼羅を連れているからな」
「……本当に仲がよろしいのですねぇ」
残月は普段神職として仕えている神社と宮中を行ったり来たりしているが、満月と新月の日の夜、または俺が内裏に向かう時には俺の元へ訪れる。
互いの予定の都合上二日三日くらい前後する時はあるが、ほぼ二週間に一度の頻度で会っていた。
俺が元服してから一年以上の付き合いだが、俺は未だコイツのことはよく分かっていない。分かっているのは俺の屋敷に来るときは一人で来るということと、生い立ちが椿の君と似ているということ、帝の覚えがいいということだけ。
「お聞きしましたよ。貴方様に天の御子の力が現れたと」
昨日の今日でもうその話を聞き付けたのか。
「椿の君の勘違いだろ」
「おや、見抜いたのは小副の娘でしたか」
椿の君の父親は神祇官府の副官だったのか。そりゃあ祖父が神祇伯だったらそうか。
「彼女は古の巫女と体質がよく似ておられます故、勘違いで済ませられるとは思えませんがねぇ……その後陛下から貴方様に何かお言葉をいただきましたか?」
黙っていてもどうせ後で帝に何か言われるだろう。
「東宮になれと……」
「……その様子では貴方様は断ったようですねぇ」
「当たり前だ」
やってられるかそんな面倒な役目なんて。
「帝の勅を聞く貴方様が断るとは。珍しい」
「本人が命令と言わなかった。根回しのつもりなんだろう」
行儀悪い恰好の割に本気にも見えたが。
「帝になれば恨む者を粛清することも出来るでしょうに」
生憎関わりたくないとは思うが殺したいほど恨んではない。
「血を流したところでそれは無益だろ」
「貴方様にとっては有益かと」
「おい」
「おお怖い……さて、新月までまだ日はありますがいかがします?最近は落ち着いているようですが」
礼羅と式神契約をしてから落ち着いている。だが新月の日は帝との謁見と重なる。
「……頼んだ」
「嵐山殿が帝になったら、私との関係はどうなるのでしょうねぇ?」
「やめろ気色悪い」
鳥肌が立つ。ほほほと扇を仰ぐ残月は立ち上がると扇を横に滑らせる。
「――祓へ給へ、清め給へ」
己の中にある穢れを祓うための祝詞。自分の中にある魔力が抜けた感覚がする。
祓えを済ませると残月は呆れた顔を浮かべた。
「穢れを祓うことを否定はいたしませんが、これでどうにかなるとは思いませんがねぇ……」
祓ったはいいが残月は疑心らしい。
最近は礼羅の体調が安定してきたのか奪う魔力量が減っていたのだ。
「忌々しいだろ……」
「そうですね」
淡々とした声で答えられると冷たく感じる。
「ですが多少改善されたようですし、それについては女狐に感謝しなければなりませんねぇ」
殺す気満々だった癖にどの面下げて言ってるのやら。
「非公式とはいえ陛下とご対面したのですし、そろそろその女狐とご挨拶くらいさせてくれませんか」
「女狐と呼ばなければな」
女狐と呼ぶほど礼羅は狡猾な女に見えない。
「……ライラでしたか」
「あぁ。夜半と呼ぶことにした」
「夜の娘と呼ぶにふさわしい名だ」
「……」
ライラという意味を俺は知らない。だけどその音は中国よりもはるか西の国のイメージが強い。
「……挨拶までだぞ」
この時俺はまさかあの礼羅にとってのトラウマになるとは思わなかった。




