7-1.陽光
大内裏の悪魔祓いから次の日。西の青い空には白い下弦の月が浮かんでいる。
黒毛の愛馬である黒弓を先導に俺と礼羅は嵐山に向かっていた。
「主様」
「ここでは取り繕わなくていい」
礼羅は今俺と一緒に馬にまたがっている。以前は俺の前に乗せていたけど今回は後ろに乗ってもらった。
今の礼羅は黄緑色の着物を壺装束にして市女笠を被っている。ただでさえ俺とそう背丈が変わらないのに笠のせいで俺の視界が悪くなるからだ。成長期まだ来ないだろうか。
結局昨日の夜は晴明殿の屋敷に戻ってから礼羅と話をする時間はなかった。寝る前に礼羅は北の方に色々俺の話を聞いたらしいがどんな話をしたのか怖くて聞けない。
「その頭巾、暑くないの?」
初めての質問がこれかよ。
「仕方ないだろ。俺の肌は日にあたると火傷するんだ」
俺の頭には烏帽子だけじゃなく、目元まですっぽり黒い布を被っていた。昨晩付けてた黒い覆面よりも面積が広い。前世で言うとアラブの女性が被ってる目元も全て覆っているベールみたいなものだ。
アルビノに生まれ変わるなるならせめて女の子に生まれ変わりたかった。幼い頃に見た母の顔も顔立ちは悪くなかったし、妹も身内贔屓を抜いても可愛らしい顔だった。俺が女に生まれたなら今頃白髪色白の美少女になったに違いないのに……いやこれ以上はやめよう、虚しくなる。
「火傷は大袈裟じゃない?」
「日焼けを舐めるんじゃない」
女が日焼けをなめんじゃないわよ!将来顔にシミが浮かんでもよくって!?
それはさておき、寺にいた頃はそれはそれは大変だった。外で修行したその日に日焼けで激痛に襲われるのだ。これはもはや火傷だ。この時代ろくな薬もないからひたすら水で患部を冷やしていたが痛みが数日に渡って続くものだから地獄だった。
「それに日焼けだけじゃない。俺の目、黒くないだろ。そのせいで眩しすぎて今も周りが見えないんだ。黒弓に先導してもらわないと進むこともままならない」
だから頭巾で覆い隠さないとまぶしくて仕方ない。ねぎらうように黒弓を撫でてやるとぶるると反応する。本当に賢い馬だ。おかげで手網を引かずとも昼間は勝手に晴明殿の屋敷から自分の屋敷までてくてくと歩いて行ってくれる。
「……通りで」
意味深長に納得する反応を見せるが俺の振る舞いに気付く何かがあったのだろうか。隠してるわけじやないし対策は既にあるから別にいいけど。
ふと俺の頭上に影が差し、少しだけ甘い匂いがする。
「これでどうかしら」
礼羅が自分の市女笠を外して俺の頭の上に乗せては日陰を作っていた。烏帽子が潰れるんだが。
「お前が暑いだろ」
「これくらい平気よ。畑仕事も手伝ったことがあるし」
気持ちはありがたいが熱がこもっているので暑いのは変わらない。
俺は黒弓の腹を蹴って脚を速めた。
「急ぐ」
「えっ、ちょっと待ちなさいよ!?」
慌てて必死に俺にしがみつく礼羅に俺は内心ほくそ笑んだのだった。
―――
「お帰りなさいませ。驚きました。お帰りになるのはもっと先かと……」
「悪いな。少し用意が必要だったから」
「それなら私に文を送ってください。人手は足りませんが運ばせるくらい出来ますから」
「用意するのは物じゃない。それに少し様子を見たかったんだ。ここまで家を空けることなかったから」
現在嵐山の麓にある自分の屋敷にいる。礼羅も連れて来たのだが、惟也はちらちらと気まずそうに笠を被り扇を構える彼女を見ていた。
「そのお心配りはとても嬉しゅうございます。もったいないかぎりです。……その、そちらの方は……」
「お初にお目にかかります。主様の式神となりました」
「天文博士殿は夜半の君と名付けた」
「……だだだ旦那様の侍従を務めております……よろしくお願いします……」
この人見知りめ。乳兄弟とはいえそんなんだから俺のところに飛ばされたんだろうが。
礼羅も扇の下は困惑している。「人見知りなんだ。大目に見てくれ」とフォローしておく。
「中に入ろう。礼羅にはしてもらうことがある」
「なんなりと」
とは言え惟也の視線がキツイ。
礼羅には屋敷の中は下女に案内してもらい、自分は惟也と共に母屋の部屋で話をすることにした。
「陽光様、狐を拾ったと申しましたがあの娘はなんです……!?普通の娘ではないですか!」
「晴明殿と同じ半妖だ。擬態を解けば耳と尾が出るぞ」
それでも惟也には見えないかもしれない。妖は霊感がないと見えないらしいから。
惟也は普通の妖狐を式神にしたのだと思ったのだろうか。普通の妖狐自体そうそう見つかるものじゃないが。
「そういうことではなく……!下女にしたいとおっしゃっていたのに、アレはどこの姫ですか!」
「姫でも公家の娘でもない。仕方ないだろ、才があると知った途端晴明殿の北の方が気に入って色々お下がりを寄こしたんだ」
「そうでなくとも成人した娘でしょう。愛人にでもする気ですか……」
俺も北の方に言われた。
「愛人じゃなくて式神だ。それに俺の体質もどうにかできると思ったんだ」
「それで治ったのですか?」
「改善はされてる。色々分かればお前の負担が減らせるかもしれない」
「つまり治ってないのですね」
「……」
「その無言は肯定と捉えますが」
この野郎、初めはかなり弱気だったのに、俺に対してだけは強気に出るようになりやがって。
「それと、本日有明の君がこちらにいらっしゃいます。旦那様ではなく私に話があるというので後程報告するつもりだったのですが……」
「は……?」
残月が来るのか?
夏の日の稲穂揺れる市女笠、垂れ絹の下や見るべからぬ




